老舗の圧を感じさせない、現代的で居心地のいい空間

築地駅徒歩1分の大通り沿いに店を構える『築地さらしなの里』。ランチ時には、自家製粉のこだわりそばや名物のカレー南ばんを求めて、多くの客が訪れる。通し営業ということもあって、仕事終わりの一杯を楽しむ常連さんも多い店だ。

2003(平成15)年に移転オープンした店内は和風モダンでおしゃれ。個室や座敷もあり、ゆったり過ごせそうな雰囲気。レジ横には立派なワインセラーもあり、お酒好きならワクワクすること間違いなしだ。ところで、現代的な店構えからは想像もつかないが、実はこの店、1899(明治32年)創業の超老舗である。

この店の前身は、麻布永坂『更科』(現・更科堀井)の初の支店として深川に開店した『麻布永坂更科支店布屋善次郎』だ。店内の一角には、大正時代に牛込神楽坂に移転した頃の写真が飾られている。戦時の強制疎開もありこの店は廃業したが、1967(昭和42)年に銀座の地で、『さらしなの里』の名で復活した。

現在店を切り盛りするのは、4代目店主の赤塚滋行さん。老舗蕎麦屋の店主と聞いて想像するような頑固なイメージとは真逆の、とっても柔和な雰囲気。伝統のそばの味を守りつつも、ナチュラルワインを取り揃えるなど従来の型にとらわれないお店作りが印象的だ。

お酒とおつまみが美味しすぎて、なかなかそばにたどり着かない!

メニューを見てまず驚くのは、お酒の豊富さだ。店主がお酒好きということもあって、日本酒や焼酎はこだわりの銘柄が並ぶ。ナチュラルワインも10種類以上取り揃えていて、グラスでも赤・白・オレンジワインが選べるという充実っぷり。当然おつまみも豊富で、築地で仕入れた旬の食材を使って、定番のてんぷらや玉子焼きなどのほか、季節の一品料理なども用意している。とりあえず玉子焼き660円を頼んでみたところ、これが絶品! 出汁の優しい風味とほんのりした甘さが卵の旨味を引き立てていて、どこかホッとする味だ。

一緒に頼んだ焼きのりは、炭であぶられた状態で登場! 聞けば、戦前の『麻布永坂更科支店布屋善次郎』時代にもこんな風に海苔を提供していたといい、残っていた炭箱を元に当時の提供方法を再現したのだという。あぶりたてののりはパリッと香ばしく、わさび醤油を付ければ立派なおつまみだ。ずっと冷めないので、お酒のお供にちびちび頂くのにピッタリ!
こんな感じで、お酒好きの人はなかなかおそばにたどり着かないので覚悟しておきたい。

種類豊富なこだわりのそばは、三色せいろで食べ比べが楽しい。

ついついお酒が進んでしまうが、主役のそばを忘れてはいけない。『築地さらしなの里』では、国産在来種のそばを自家製粉して仕上げた二八そば、更科一門伝統の真っ白なさらしなそば、さらしなそばをベースに季節の素材を混ぜ込んだ変わりそば、濃厚な風味の生粉打ちそば(十割そば)の4種類のそばが選べる。絶対に目移りするので、初めてなら小せいろ三色そば1210円で食べ比べするのがおすすめだ。

写真手前が二八そば。その日使っているそばの産地が壁に貼られており、この日は山形県産の新そばだった。そばの豊かな香りを、鰹出汁の効いたちょっと甘めのそばつゆが引き立てていて最高に美味しい!

次に、真っ白なさらしなそばを頂く。正直これまで、さらしなそばは上品だけど物足りないと思っていたが、ここのさらしなそばは違った。物足りないどころか余計なものがそぎ落とされたおかげで、そばの香りと甘みがよりダイレクトに感じられる気がする。

そして一番奥が変わりそば。この日は春らしいよもぎ切りだった。桜の頃には桜葉切り、7月にはトマト切りなど、1年で14種類ほどの変わりそばが頂ける。

誰かが頼んだら全員道連れ!? 名物カレー南ばんの魔力に引き込まれる。

さて、絶品のおそばもいただいて、そろそろ帰ろうかと思ったときに、誰かがカレー南ばんを頼んだら要注意だ。

「一人が頼むと、注文が一気に増えるんですよ」と店主の赤塚さんが語る通り、出汁とカレーの濃厚でスパイシーな香りが厨房から漂ってくると、一人、二人と周りのお客さんもカレー南ばんを頼みだす。この誘惑に勝てる人は、そう多くはないだろう。

カレー南ばんはそばとうどんが選べるが、今回はうどんをチョイス。コシのあるうどんは細すぎず太すぎずで、カレーつゆがよく絡む。さっと火を通した長ネギのシャキシャキ感も良くて、お箸が止まらない! つゆは、カレーのスパイシーさを活かしたあっさり目の仕上がりで、サバ節の濃厚な出汁の旨味がしっかりと感じられる。トロミ付けにくず粉を使用しているからか、見た目も味も透明感があって、お腹いっぱい食べてもどこか爽やかな食後感だった。

カレー南ばんうどんのレシピ。濃厚だしとクリアなスープが決め手!
1899(明治32)年創業の『築地さらしなの里』は、国産そば粉を使ったこだわりのそばが頂ける店で、老舗ながら明るく入りやすい印象からかファン層も幅広い。そんな『築地さらしなの里』で、寒い時期にはそばよりも売れるという人気メニューが、カレー南ばんうどん…

つい長居したくなる居心地の良さで、老若男女が常連に。

おつまみに、そばに、お酒にと、旨いものがたくさんあってつい長居してしまいそうなこの店。ワインを楽しみにやって来たご婦人や、後輩を連れてカレー南ばんを食べにきた若い人など、老舗そば店にしては常連さんの層も幅広いように感じる。店の戸を開けた瞬間に流れ出す、この店ののんびりした居心地の良さに触れれば、その理由が分かるはずだ。

コロナ禍を機に始めた、そばの持ち帰り・配送も評判がいい。お店に電話すれば、手打ちそばのほか、鴨鍋セットやカレー南ばんセットも全国に配送してもらえるので、遠方の人はお試しあれ。

住所:東京都中央区築地3-3-9/営業時間:11:00~20:30LO(土は11:00~15:00)/定休日:無/アクセス:地下鉄日比谷線築地駅から徒歩1分

取材・文=岡村朱万里 撮影=加藤熊三