ラーメン界の超新星! 水原氏が手がける自家製麺の店、王子にあり
『キング製麺』は『らぁめん小池(上北沢)』『中華蕎麦にし乃(本郷三丁目)』に続き、ミシュランガイド東京のビブグルマン部門に選出されるという快挙を成し遂げた。ラーメンという大衆食で高みを極めたのは、オーナー店主・水原裕満さん。メディアでは“若き天才”“ミシュラン常連”などと称されるラーメン界の超新星だ。
そんな水原さんが手掛けているだけあって、ピークタイムを過ぎてもお客さんが途切れない。混んでいるけれど、黒いTシャツで決めた店員さんがキビキビと動いているのも、清潔感のあるカウンターも気持ちがいい。友達同士で訪れていた男子高校生はうれしそうにラーメンの写真を撮っていた。
さわやかな山椒の風味とすっきりとした和だしが絶妙にマッチした中華そば
どんぶりが到着すると同時に山椒の香りがふわり。煮干し、昆布、シイタケ、アサリで出汁をとり、白醤油と合わせた濁りのないスープは美味。もっちりとした平打ち麺は店内に併設された製麺所で作られている。店主の水原さんは「白河ラーメンや佐野ラーメンのような麺を目指した」と言う。麺を一口すすると素朴な味わいが広がり、華やかな山椒の香りが鼻に抜ける。それがいいアクセントで、コショウにはないすっきり感がおもしろい。
出汁のうま味がきいた澄み渡るスープとシンプルな麺、清涼感のある山椒。奇跡のマッチングに箸が止まらない。チャーシューは低温調理でしっとりと仕上がり、鮮やかな青菜はシャキシャキ、卵は美しい半熟だ。一通りかぶりついたら、呼吸を整え、いざワンタンへ!
肉ワンタンはお肉を直接食べているかのような迫力に驚く。豚肉の力強いうまさがダイレクトに広がる。海老ワンタンは歯ごたえがプリップリ。パンパンに餡が詰まったワンタンのボリュームに圧倒されつつ、主役級の味わいに頬がゆるむ!
「肉ワンタンには豚の塊肉を使っています。脂身を避けているので、ジューシーというよりうま味が凝縮された赤身のおいしさを味わえると思います。食感を楽しめる海老ワンタンも好評です。どちらもトッピングして食べてほしいですね」と、水原さんは自信をのぞかせる。
“研ぎ澄まされた王道の中華そば。でも、ありそうでなかった一杯”が水原さんの真骨頂。山椒とラーメンの相性を磨き上げ、ぜいたくなワンタンをあわせていくセンス。そして店を出せば世界的に評価される名店に押し上げる腕はどのようにして磨かれたのだろうか。
「実はラーメン店での修業らしい修業は積んでいないんです」と意外な答えが返ってきた。
挫折続きの中で「究極の一杯」を完成させた店主の原動力とは
1985年、横浜生まれの水原さん。中学の頃からギターを触りはじめ、高校生のときはバンド活動に夢中になっていた。
高卒後はプロのバンドマンを目指すも、結局は22歳の頃に挫折するかたちで終わる。本気のバンド活動を通して水原さんはものづくりが好きだという熱い気持ちを自覚する。
その後はものづくりのプロになるべく、靴職人を育成する専門学校へ。しかし再び肩を落とすことになる。靴職人として独り立ちし、十分な収入を得るまでには気の遠くなるような修業期間が待っていること。そして靴づくりの多くは分業制であり、ひとりの職人が、デザインから完成まで携わることはないと知る。「最初から最後まで自分の手でつくりたかった」という水原さんは靴職人への道も諦めることに。
暮らしも苦しくなってきた24歳の頃「稼ぎながら修業ができる。しかも、ものづくりという意味では同じ」ということで、飲食業界で働きはじめた。飲食業特有の厳しい洗礼を浴びながらラーメン店や居酒屋を転々とする時期をしばらく過ごす。今でこそ、ミシュラン・ビブグルマン掲載という輝かしい実績を手にしたが、「当時はものすごくストレスだった」と言う。そんな状況でもラーメンでの独立を志したのは、自分が何でもできる天才ではないことに気づいていたからだ。
「でもラーメンならば、究極の一杯さえ完成させれば成功ですから」
その言葉が示すように水原さんはラーメンを極め、成功を収めた。水原さんは「ラーメンを調理すること」を「表現」と言い、「自ら手掛けるラーメンのこと」は「作品」と言う。そして「高校生の頃から、自分が表現する作品を通してお客さんに喜んでもらうのが何よりもうれしかった」とも。
幾多の困難に遭遇しながらも、忘れなかったのは表現への情熱とお客さんを喜ばせる楽しさ。それらが原動力となって、水原さんはたくさんのお客さんを魅了するラーメンを次々と生みだすことができるのだ。
構成=フリート 取材・文・撮影=宇野美香子