文・撮影=天竜川ナコン

ラッパー、インターネットピエロ、ブロガー。自身が運営するYouTubeチャンネル「現実チャンネル」では時間帯問わず、時に縛りを設けながら、さまざまな街を散歩し続ける。2026年春には初の書籍を上梓予定

物流ビル中心の街になにがあるのか

「俺が間違っていた」。

駅に降り立って10秒で確信。駅前には力強く咲いているお花が。毎日お手入れをしている優しいおばあさんの顔が思い浮かびます。せっせとジョウロでお水をあげているおばあさん。いつもありがとうございます。

私は流通センター駅に来たことがないにもかかわらず「散歩に向いていないかも?」と偏見を振りかざしてしまった。でも違いました。街全体に、確かにそこに住んでいる方々の息遣いを感じる。誰も見つけたことがない流通センター駅周辺の新たな一面を、この目に焼き付けたくなったわけであります。

そしたら散歩をスタート。私のスタイルは、Googleマップは一切使わないというもの。普通は、目的地を定めて歩いていくものだと思います。でもそれだと目的地ありきの「移動」になってしまう。散歩というのは常に、目的のなさが主人公だと思っております。何にも意味はない。だけど楽しいものです。

とはいえ、何かの指針は必要です。五感をフル活用して「こっちじゃないか?」という道を直感で選んでいく。まずは南国みたいな木がたくさん立っている道を歩く。緑が一つの道筋になっている先には、必ず何かがあるのです。

ふいに下を見ると「歩行者用のシンボル」が。思わず、自分の感情の世界に入り浸ってしまう。手をつながれている子供が、いずれ大人になって、巡り巡ってまた自分の子供の手を握っている気がしてしまうのです。

そんなこんなで、巨大な運河を発見。やっぱりあるのですな。巨大な運河が。自分の直感を信じて歩けば、自分しか見つけられなかったような景色を独り占めできる。昨今のインターネットが、アルゴリズムが奪っちまった感覚が、散歩を通じて再びこの肉体に取り戻されていきます。

すると遠くに、アマゾンみてえな森林地帯があるのを発見。こういう時は、必ず足を運んだ方がいいものです。

大人になるとついつい、心躍りそうなことが遠くにあっても「疲れるから」と歩かなくなります。街からの魅力的な申し出があれば、必ず受け取りに行きましょう。

途中で、気だるそうなネコチャンを発見。徹夜した時の俺みてえな、ほそぼそとしたお目め。このネコチャンはきっと、古くからずっとここに住んでいる方。リスペクトを持って、必要以上には近づかず、お互いいい距離感で過ごしていきましょう。

いよいよ森林地帯の入り口へ。私には理解(わか)る。この公園、絶対に面白い。

その証拠に、遠くに木造建築の簡易的な「おうち」があります。これがある場所は、いつも我々の心を胸躍らせてくれるのです。

はい。「地元の方がひた隠しにしている公園」を発見。聖域そのもの。私のような一見さんに目立たないよう、地元の人たちだけで大切にしてきた宝物みたいな場所。「木造建築のおうち」の中では、ベンチに腰掛けてほのぼのとお昼休憩を取っている方がいらっしゃいました。都会の喧騒を忘れて、一時「自分」に戻れる。そんな場所なのであります。

自分もそこに座ってみれば、何とまあ。川と趣の深い木が一望できるステキな空間。おそらく絵を書く人は、こういった風景を絵画にするのでしょう。きっと時の権力者(徳川家康とか?)は、こうした風景を独り占めにしたくて自分の邸宅に庭を作らせたのだろうと思います。我々はつくづく恵まれていますな。権力もお金もなくても、いつでも徳川家康になれるのですから。

そしてこの公園の面積に対して「ガチの森のエリア」が占める割合が大きい。中から小鳥さんのさえずりがたくさん聞こえてきます。こんなに都心なのに、動物の皆さんと共生しようとしている。きっとここに大自然を残すために、昔戦った人がいるのだと思いました。

そんなこんなで公園を後にしました。散歩をすると、いつの間にかとんでもない距離を歩いていることがあります。流通センター駅から出発したにもかかわらず、なぜか平和島駅に到着しておりました。お腹が空いたため、駅前の素敵な素敵なおそば屋さんへピットイン。鳥天そばをチョイス。お味は……? 神々しい。プリッとした鳥天をそばつゆにつけて、口いっぱいにもりもり食べる。その流れでそばを口に運ぶ。あまりにも美味すぎたため、もう多くは語りません。

知らない大地で散歩をして、ひと疲れした後に知らない飲食店で食事するのが一番面白いものです。流通センター駅は紛れもなく、サイコーの散歩スポットでした。皆さんもぜひ一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。私の散歩は以上であります。

『散歩の達人』2026年2月号より