カニササレアヤコ
1994年、神奈川県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。「R-1 グランプリ」や「ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ」に出演、YouTubeでブレイク。ロボットエンジニアでありながら東京藝術大学音楽学部邦楽科で雅楽を学ぶ。
“令和の平安貴族”と上野さんぽ
平安装束に身を包み、手には笙をたずさえ、雅楽師・東儀秀樹のモノマネという細かすぎる芸の真骨頂で、日本中をざわつかせた雅楽芸人、カニササレアヤコ。
「『Forbes JAPAN』の人が、私のYouTubeを見てるなんて。変なもの、上げづらくなりました。アハハハ」と、とても陽気。幼少時代は、スポーツチャンバラにバイオリン、書道、ドラムを嗜(たしな)み、4歳から始めたピアノで絶対音感が萌芽した “令和の平安貴族”と上野を散歩しつつ、お話を伺います。
カニササレ 上野公園は自然が多くとても面白いです。花が昨日より成長したなとか、こんなところに新芽が出てるぞと、発見があります。子供の頃から図鑑が好きで。知識があると、この木は秋には実がなり食べられるとか、そのときだけではなく未来への楽しみも感じられる。花鳥風月、自然のあるがままの中に喜びを見つけるのが、平安貴族のお散歩です。
フレンチに使われる希少なキノコも生息
―― さすが雅です。このあたりには、どんなものが見つかりますか?
カニササレ アミガサタケという珍しいキノコが自生しています。フランスだとポルチーニのように料理に使うらしく、探してる人は懸命に探しているという貴重なキノコです。鳥の種類も多く、すごくきれいなオナガやシロサギ、アオサギも飛んでいます。あと上野動物園に行くと、ウフフフ、檻の中に野生の鳥もさりげなく混じってエサを一緒に食べているんですよ。上野、いい場所なんだと思います。
―― え? 野生と動物園がバリアフリー……(と話していると、カニササレさんのまわりにトンボが舞いだした)。
カニササレ 蚊だけでなく虫全般から好かれているのか、蛾とかもとまります。動物も好きで、馬に乗るためにモンゴルに3回行きました。最初は大学の掲示板で、「草原を馬で駆ける」というポスターを見つけ、うわあ! やってみたいと思い、夏休み1週間、ずっと草原を駆けてました。
―― 馬に囲まれている動画もYouTubeにアップしていましたね。
カニササレ あれはイギリスの大きな公園を散歩してるときに、遠くに馬がいたので、笙を吹いてみたんです。そしたら、ばばあ〜っと馬がどんどん駆け寄ってきて、皆、笙に耳をすませ演奏を聴いてくれたんです。
そのあと、北海道で牛を見かけ、同じように吹いてみたら、のしのしと近づいてきて、そのままツノでどつかれました。演奏したのは、「アメイジング・グレイス」ですが、牛はダメでした。
――賛美の気持ちだったのでは。音楽が欠かせない生活なのに、散歩中はイヤホンで音楽を聴かないとか?
カニササレ はい。街の音や、看板や貼ってあるチラシなど、まわりを観察するのが好きなのと、笙でできそうな音を聴いたら覚えておこうと。
特に電車は、耳なじみがある山手線の発車メロディを一周コンプリートして、笙で吹けるようにしました。
あと、音楽ではないですが、面白そうな人がいたら気配を察知して自然と寄っていってしまいますね。
―― 面白そうな人……?
カニササレ こないだは、上野駅で酔っ払っている様子のおじさんがいて、壁をガンガンたたきながら歩いてたんです。なんだなんだ?と思って見ていたら、向こうから私に「何を、持ってるんだあ!」と。そのとき、私、電気コンロを両手で持ってたんですよ。
―― 電気コンロを?
カニササレ 笙は演奏する前に温めなければいけないので、そのためのものです。まだ熱を持っていたので鞄には入れられず。両手で、こう。
とっさに「……コンロです!」と答えたら、「ああ、そうかあ〜!」と、おじさん、すごい満面の笑みで大きくうなずき、受け入れてくれて。温かい気持ちになりました。
―― 良かったです。馬から酔人まで幅広く魅了するカニササレさんですが、そもそも笙を始めたきっかけは?
カニササレ 小学生の頃、母が東儀秀樹さんに影響されて、篳篥(ひちりき)を始めたんです。私も母のお稽古についていき、自然と雅楽を聞くようになって。そのなかでも笙の音が好きで、大学の入学祝いに買ってもらい、カルチャーセンターで習い始めました。
笙は、雅楽のメインのメロディを奏でる楽器なんですが、吹奏楽器で一度にたくさんの音が出るのが珍しく、パイプオルガンみたいな音色が手の内で奏でられるという魅力があります。
そのうちに独学で西洋音楽も吹くようになり、動画(YouTube)が思いのほかウケて、それが、雅楽芸人の始まりです。
雅楽芸人、エンジニア、藝大生の3つの顔
―― その一方、ロボットエンジニアとしてお仕事もされてますよね。
カニササレ 大学の卒業時に、お笑いと両立できる仕事を考え、エンジニアだ!と思い応募しました。ただプログラミングはぜんぜん分からないので、テストを白紙で出したら、「もう一回受けてください」と。次はプログラミングのコードを丸暗記し、臨みました。でも「本当は分かってないでしょ?」と、バレていて。どこか、分かっていたら間違えないようなところを、間違えていたんでしょうね。
運良く採用され、そこから心を入れ替え、勉強しました。今はチームで人型ロボット「ペッパーくん」の脳内を操る仕事をしています。人と会話するためのプログラミングができるので、芸人的な脳みその使い方に役立っているように思います。
―― ペッパーくんに「カニササレアヤコ」をエゴサさせ、良いコメントを言わせる特別機能を発明したとか?
カニササレ そうなんです。良いコメントだけじゃなく「カニササレアヤコ、何が面白いのか分からない」とかも拾ってきて、楽しかったんですけど、ペッパーくん、最近リモートで畳敷きの我が家に来てからセンサーがおかしくなって、「あれえ〜動けなくなっちゃいました」って言ってます。
―― 昨年(2022年)は、ペッパーくんとリモートワークをしながら東京藝大の受験を?
カニササレ 雅楽芸人として活動する中で、演奏家の方と出会う機会が増えて、「東京藝大を受けてみたら?」と勧められ、受験半年前に勉強を始めました。
面接で東京藝大の先生方から、開口一番「あなた、芸能活動されてますけど、大丈夫ですか?」って言われて、背筋が寒くなりました。
「東京藝大に入るからには、行動を改めてもらうことになるかもしれません」「すいませんすいません改めます!」と。
―― 先生方は、「R-1 グランプリ」ファンとか⁉
カニササレ ややややや、伝統音楽を守らなくてはいけない方々ですので、厳正に面接をされたのだと思います。
―― 見事合格されました。
カニササレ 雅楽を演奏する人で、五線譜(西洋の音楽)を吹ける人がまだ少なくて、私はそこができたのが良かったのかもしれません。
―― 藝大の中はどんな感じですか?
カニササレ 上野公園同様、自然がいっぱいで、「ヘビが出るので気をつけてください」というメールが来ることもあります。美術学科のほうに行くと、途中まで彫刻がしてある丸太や、石でできた人間の顔が転がっていて、愉快です。校舎は、やはり歴史と風格があり、トイレには「大と紙を一緒に流すと詰まります」という張り紙があって、使うときにちょっと、頭をつかいます。
―― お題みたいな張り紙ですね(笑)。大学で改めて雅楽を学び、これからやりたいことは?
カニササレ 雅楽のハードルを下げたいなと。いろんな人に雅楽の楽しみ方を知ってもらい、体験会もやりたい。雅楽は、宮内庁や神社で演奏されるので、高貴で神聖なイメージがあると思うんですけど、もともと平安貴族も、「合奏しようぜ」と遊びで演奏をしてましたし、われわれがやっても十分楽しめる音楽です。楽器ができなくても歌で参加できる「うたもの」もあり、「もみじがきれいだね〜♪」「馬が草くれっていうから草やります〜♪」というような親しみやすい「神楽歌」が宮内庁でも歌われているんですよ。
―― 弾き語りバンドみたいです。ぜひ庶民に雅楽を広めてください。最後に、令和では天下無双のカニササレさんですが、憧れの方はいますか?
カニササレ なかやまきんに君。筋肉が一番面白い。いとをかし、です。
―― 未来、雅楽と筋肉のコラボレーションも、ありかもしれない……⁉
カニササレアヤコ 上野のお気に入り&気になるスポット
『藝大アートプラザ』
東京藝大構内にあるギャラリーで、東京藝大生や卒業生、教員の作品を展示。「同世代のアーティストの活躍に刺激をもらっています」(カニササレ)
●10:00~18:00、月・火休(営業日が祝・振替休の場合は翌休)。☎050-5525-2102
『黒田記念館』
日本近代洋画の父、黒田清輝の記念館。「入館無料で、ふらっと入れる静かな空間で落ち着きます。空の絵がとくに好きです」
アメ横の屋外中華屋
「前を通ると、昔訪れた中国で嗅いだ香りが懐かしく、異国情緒を感じながら中国語のメニューを見るだけで楽しいです」
取材・文=さくらいよしえ 撮影=千倉志野
『散歩の達人』2023年10月号より