歴史ある商店街にあるパン屋さん
『ベイクド みのり屋』があるのは、横須賀中央駅の横を通る三崎街道の坂を、えっちらおっちらのぼっていった先。古い看板建築の並ぶ商店街は、駅前とは違ってのんびりした雰囲気が漂っていて、タイムスリップしたかのような気分になる。
その商店街の交差点角にあるのが『みのり屋』。初めて行く人は、扉のない開けっ放しな状態に驚くだろう。通行人は台に乗せられたパンについ目がいってしまう。「真夏や真冬はかなりつらい」(齋藤貴子さん)そうだが、なんとものどかな売り方で、上町の雰囲気にとても合っている。
『みのり屋』に並ぶパンは、コッペパンやカレーパン、サンド類など昔ながらのものが多い。先々代から作っていたというコッペパン320円は、なんと長さが約28センチもあるビッグサイズで、店の名物だ。家族みんなで食べられるようにと作られたようだが、しっかりとした生地で、かなり食べごたえがある。切り分けても、5人分ぐらいはとれそうだ。
港で働く人たちが住んだ町
古い商店が多く並ぶ上町だが、それもそのはず。もともとは明治時代、港で働く人達や軍関係者が住む住宅地として開発されたエリアなのだ。駅から海に向かって、平坦な土地が広がっているが、それは後に埋め立てられたもの。本来の横須賀とは、上町などの丘陵地のことだったのである。
そんな上町とともに歩んできた『みのり屋』は2023年で創業73年になる。店を始めたのは先々代の齋藤博さん。消防署に勤務していたが、そこをやめ、床屋だった店舗を改装して、ベーカリーを始めた。消防署以前にベーカリーで働いていて、パン作りの知識があったのだ。
当時は対面式で販売していて、隣は時計店だったが閉めたため、隣に店を拡張。その後、先代を経て現在の健太朗さんに引き継がれ、現在に至るという。
食べる人のことを考えた玄米パン
パンは、昔とほぼ変わらないラインナップながら、玄米食パンなど、新しいメニューも追加している。玄米を練り込み、砂糖を抑えてはちみつを使用するなど、健康を考えて作られたパンだ。来てくれるお客さんは常連さんがほとんどで、ほぼ毎日買ってくれる。毎日のように口にするものだからこそ、体にいいものをと考えて開発したという。
健太朗さんがパン作りを学んだ博さんはよく「お客様とは、その場限りの関係ではない」と言っていたという。地元に根ざしたベーカリーとお客様とは、長く密なつきあいだ。だからこそ、手を抜くことはできない。食べる人のことを考えて作られたこの玄米の食パンは、まさにそんな考えを具体化したパンなのだ。パンだけでなく、理念もまた、変わっていないのである。
『みのり屋』のパンは、どれも素朴ながらも味わい深いうまさがある。まさに日常に根ざしたパンだ。駅の近くはにぎやかな居酒屋やバーが並び、刺激的なエリアだ。それもいいけれど、ちょっと坂をのぼって、昔から地域の人たちに愛されてきたパンを楽しんでみるのはどうだろうか。近くには緑豊かな平和中央公園もあって、外で食べるのもピッタリ。きっと、いままで知らなかった横須賀の姿が見えてくるはずだ。
取材・撮影・文=本橋隆司