共同浴場「弘法湯」からつながるコミュニティカフェ
井の頭線神泉駅南口を出て、坂を下るとすぐに『カフェ・ド・ラ・フォンテーヌ』がある。カンカンと遮断機の音が鳴り、振り向くとトンネルから吉祥寺駅行きの電車が出てきたので立ち止まってその姿を見送った。トンネルから電車が出てくる光景は、いくつになってもワクワクさせられる。
店内に入るとすぐ、ガラスケースの中にたくさんのカメラが整然と並べられているのが見える。カメラのことはよくわからないが、どっしりと重厚感があるボディがズラリと並んだ様子は壮観だ。店主の佐藤豊さんと奥さんの尚子さんにご挨拶をしたところ、実は豊さんが写真家だと聞いてなるほどと思った。「子供の頃から使っているカメラです。壊れているのもあるけど」と笑うが、大切にしている様子からカメラへの愛を感じた。
豊さんは、カメラ好きの父や伯父の影響で子供の頃から写真と触れ合う機会に恵まれ撮影の仕事の傍ら、地元・渋谷の変遷をカメラに収めてきた。長く渋谷を撮り続けていたことから、縁あって、渋谷区郷土写真保存会や渋谷の写真コンテストの審査、また映像による渋谷の変貌に関しての講演や講座の依頼を受け活動。渋谷の写真文化を育むことに力を尽くしている。
豊さんは生まれも育ちもここ渋谷神泉円山町。その昔渋谷近辺には雑木林があり緑も多く、国木田独歩の小説『武蔵野』の創作の元になったと聞いて驚いた。
「小さい頃、祖母に聞かされた話だと、神泉には江戸時代から弘法大師ゆかりの『弘法湯』という共同浴場が地域で営まれていたというのです。明治に入り、私の曽祖父が運営を頼まれ営業権を譲り受けて、浴場に隣接して料理旅館『神泉館』を開業すると、地域に多くの人が集まり渋谷の元になったと聞かされていた」という。
また「昔から『弘法湯』がこの地域の人々の憩いの場であり、交流場だったんですよ。子供の頃から『あなたも地域や人のために役に立つことをするように』と言われてきました」と豊さん。その想いを汲んで1985年にオープンしたのがこのカフェなのだ。
お茶の間みたいでほっこり。ブレンドコーヒーとカステラのセット
コーヒーをはじめ紅茶、ハーブティ、軽食までひととおり揃っているのだが、この日注文したのはブレンドコーヒーとカステラのセット700円。「いろいろ値上がりしている昨今でも毎日のように来てくださる方もいるので、少しでもご負担をかけないようにと。もうカステラはおまけみたいなもんですよ」と豊さん。
すっきりと香り高いブレンドコーヒーに、しっとり&ふんわりとしたカステラがよく合う。最後にカステラの底についた紙をフォークでしごいてパクリ。そうそう、筆者にとってこの茶色いところがごちそうなのだ。
今どきのカフェによくある洋菓子店顔負けの凝ったケーキも大好きだけれど、シンプルにコーヒーとカステラというコンビネーションにホッとさせられる。今回は取材ということで、豊さんと話をしながらのシチュエーションもプラスされ、まるで佐藤さんちにお邪魔しているような温かい気分になった。まるでお茶の間みたいだなあ。
地域のコミュニティの場でありたい
筆者がブレンドコーヒーとカステラのセットでまったりと和んだように、古くからここに住む人たちにとっては特段なくてはならない存在の『カフェ・ド・ラ・フォンテーヌ』。取材中も、ふらっと近所の方とおぼしき女性が店に現れて、尚子さんと談笑しながらお裾分けを渡していた。また、店頭のカメラを見た若者が豊さんに、「カメラのことを教えて欲しい」とやって来ることもある。
「神泉館」がなくなった後、先代から言われてきた「地域のために役立つこと」を全うするためにいろいろ考えたとか。しかし、豊さんには写真の仕事があるため「喫茶店なら私1人でもやれるかな」と尚子さんが手を挙げたのがこのカフェを開いたきっかけだ。豊さんが外出しない日は一緒に店に出ることもある。
「私はそれまで接客というものをしたことがなかったけど、やってみようと思いました。最初はお客さんにご指摘を受けることもあって、挫折しかけたことは何度もある。でも今は、若い子からお年寄りまで毎日いろんな方が来てくださいます。お客さんと他愛のない話をすることが多いけれど、相談に乗ったりすることもありますね。この喫茶店が地域のみなさんが和める場として存在できていたらうれしいです」と尚子さんは語る。
駅前で便利だし、気が向いたらフラッと寄れる気軽さもいい。天気がいい日は渋谷駅からひと駅歩いて『カフェ・ド・ラ・フォンテーヌ』を給水地点にしようかな。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢 写真提供=ラ・フォンテーヌ