「無化調でも満足感のあるラーメンを作りたかった」
渋谷の神南エリアで2009年から営業を続ける『九月堂』。レンガ造りの外観やスタイリッシュなロゴなど、ラーメン屋とは思えない店構えが印象的だ。
外観のイメージは、そのまま店内にも共通している。2階まで階段を上がった先にある空間は、白を基調としたカフェのような雰囲気。大きな窓からは自然光が差し込み開放感がある。
店主の井上さんが無化調のラーメンを作るきっかけとなったのが、“天空落とし”で一世を風靡した『中村屋』との出会い。当時は、調味料を加えることが前提だった家系ラーメンを好んで食べていた井上さんにとって、『中村屋』のラーメンは「無化調でこんなに旨味が出せるのか」と衝撃的だった。
「中村屋さんのラーメンを食べて、“調味料を加えない家系ラーメンを作ってみたい”と思ったのが始まりでした」
それから『中村屋』の系列店『AFURI』や『ZUND-BAR』で長年修業を積み、スープの研究を重ねた。どうしても物足りなさを感じがちな無化調ラーメンを、いかに素材の旨味を生かし満足感のある一杯に仕上げるか。
「素材によって、入れるタイミングや一緒に煮込んだ方が旨味が乗っかりやすいもの、別の鍋で煮込んで出汁だけを合わせた方がいいもの、最後にどんぶりで合わせた方がおいしくなるもの……旨さを出す方法がいろいろあるんです」
こうした試行錯誤とラーメン文化を牽引してきた先人たちの技術を合わせながら、現在の『九月堂』の味わいに辿り着いた。
最後の一滴まで罪悪感なく飲み干せるこってりスープ
『九月堂』ではオープン当初からあっさり・こってりの2種類のラーメンを提供しているが、スープ開発の経緯を聞いて、こってりを注文してみたくなった。
筆者が注文したのは、店で一番人気のスペシャルらーめんのこってり(あっさりも選択可)。味玉やチャーシューなどがふんだんに盛り付けられた、贅沢な一杯だ。
こってりのスープは、最初に豚骨の中で最も出汁が出るゲンコツを煮込み、鶏の足であるモミジを加えてとろみを出した動物系スープがベースとなっている。その過程で、玉ねぎや黒豆、干しシイタケなどの野菜からとった出汁や魚の出汁を都度ベストなタイミングで加えることにより、重すぎず切れの良いこってりスープへと仕上げていく。
井上さんは、この工程を「味を重ねていく」と表現した。
とろとろとしたスープが麺に絡みつくこってり感、そして動物系の凝縮されたコクと旨味が際立つスープは、食べている途中で無化調ということを忘れてしまう。
重たくなりすぎず、だけどこってりとした黄金バランスのスープは、最後までつい飲み干したくなる。こってりとはいえ、やはり「無化調」の文字を見るとパンチが足りないという先入観を持ちがちだが、味わった人は「ちゃんと“こってり”している」と唸るそうだ。
ここまできたら、あっさりも食べてみたい。この日は店主のご厚意であっさりもいただいてみたのだが、魚の出汁を動物系スープと合わせたスープは、こってりとはまったくの別物で驚いた。ひとつの店で、異なる店のラーメンを食べているような不思議な感覚におそわれる。常連の中には、ローテンションで食べる人がいるというのも納得だ。
こってりを味わったあとは、ぜひあっさりも味わってみてほしい(もちろん、その逆も然り)。きっとそれぞれに異なる驚きが待っているだろう。
食後は元パティシエが作るスイーツで〆る
『九月堂』があるのは、代々木公園のほど近くの神南エリアだ。渋谷の中でも決して人通りが多いわけではないこの立地を選んだ理由を尋ねてみると「この辺りは、ファッションや音楽など自分が若い頃に影響を受けたカルチャーがあった場所なんです。人通りなどで選ぶよりも、自分の好きな場所で店を開きたいと思いました」と井上さん。
また、“ラーメン屋はあまりゆっくりと食事ができない”というイメージを払拭すべく、食後もゆっくりとできる店づくりやメニューを心掛けた。
そんな思いもあり、この店には食後のくつろぎアイテムとしてスイーツメニューが豊富だ。『ZUND-BAR』でパティシエを担当していた井上さんの奥さんが作った本格派のスイーツを味わえる。和風のパフェを中心に数種類そろっているので、その日の気分で楽しみたい。
渋谷や代々木公園を散歩する際は、ラーメン屋で“カフェタイム”をのんびりと楽しむのはいかがだろうか。
※スープがなくなり次第終了。/定休日:月(月が祝日の場合、翌火)/アクセス:JR・私鉄・地下鉄渋谷駅から徒歩7分
取材・文=稲垣恵美 撮影=渡邉彰太