貝塚円花(達人)の記事一覧

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第5話「明け方のメロディ」~後編~/小説連載『景色は風のなか』14
サークルで出会って結婚しただけあって、回りのテーブルは見知った顔だらけだ。ほとんどが後輩で、林さん、林さん、と慕わしげに語りかけられ、あれ、自分って学生のときけっこうがんばってたのかなあ、なんてちょっと泣きそうになったりする。隣に座る柳本も似た状況になっていて、同じことを考えているのが分かり、そのだらしない顔を見てぼくは慌てて表情を引き締めた。
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第5話「明け方のメロディ」~中編~/小説連載『景色は風のなか』13
結局、口実だった余興についてはほとんど話さず、後日メッセージで詳細を固めようということになって解散した。米沢さんを見送ったあと、柳本とぼくは顔を見合わせると、学生のころよく通った安居酒屋へ入って飲み直した。かつては金がなくて卓上の調味料までつまみにしたものだが、もう大人なのでちゃんと串の盛り合わせをふたりぶん注文した。
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第5話「明け方のメロディ」~前編~/小説連載『景色は風のなか』12
ぼくの心はとっくに折れていた。東京へ出向になって一年弱。最初はどうせすぐ慣れると高をくくっていた仕事はいまだに全然こなせていないし、教育係を兼ねている上司にはどうやら嫌われている。はなから終えられるわけがない量の仕事を振られているので毎日遅くまで残業、とはいえぼくだけが理不尽な目に遭っているのかというとそういうわけでもなく、他の同僚たちもパンク寸前でみんな目が死んでいる。完全に人手不足だ。そんな状態の部署にのこのこやってきた仕事のできない出向者がぼく、というわけで、まあ疎まれる理由ははっきりしている。許せはしないが。
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第4話「霧が晴れるまで」~後編~/小説連載『景色は風のなか』11
釧路まで戻ると昼時を少し過ぎた所だった。朝に散歩で行った新釧路川を渡って、有名だというそば屋に連れて行ってもらう。店内は広々していて、横に小さな庭園がついている。天皇陛下が来たことがあるんだ、とおじいちゃんに教えてもらった。提供された蕎麦が緑で驚いていると、こっちの蕎麦はそうなんだと言われる。でも帯広は違うよ。札幌もね。この辺だけなのかな、と皆で話している。
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第4話「霧が晴れるまで」~中編~/小説連載『景色は風のなか』10
祖父母の家は釧路駅の裏手の方にある古い一軒家で、玄関を開けると柴犬が元気よく飛び出してきた。名前はコロというそうだ。たぶん丸っこくてコロコロしているからだろう。コロは突然あらわれた見知らぬ人間を警戒するようにしばらく居間をうろうろしていたが、祖父母の様子を見て私が危険な人物ではないとわかったようだ。いつも寝床にしているらしい犬用ベッドに寝転んでくつろぎながら、わたしたちの会話に聞き耳を立てていた。その奥には大きなストーブが鎮座している。きっと冬はここが一番あたたかいのだ。
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第4話「霧が晴れるまで」~前編~/小説連載『景色は風のなか』⑨
いくらなんでも、と思っていたが、長袖を着てきた方がよかったのかもしれない。運転席に座るおじいちゃんが「暑くないか?」と窓を開けてくれたけど、正直、寒いくらいだ。曇っているのもあるかもしれない。曇り、というか、うっすらとどこまでも霧が出ている。来る前に軽く検索して、霧の街と呼ばれていることを知った。到着口で祖母から掛けられた第一声は、着陸できて良かったねえ、だった。あまりにも霧が濃い日は、飛行機が降りられないこともあるらしい。
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第3話「ぶどうを煮た夜」~後編~/小説連載『景色は風のなか』⑧
国道から家の方へ通りを戻っていくうちに、そういえばいつもと何か違う、と考えて、警笛が大きく聞こえすぎるのがおかしいのだ、と思い当たった。普段なら近隣の酒屋や質屋の宣伝が絶えずスピーカーから流れているのだが、それもぴたりと止まっていた。
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第3話「ぶどうを煮た夜」~中編~/小説連載『景色は風のなか』⑦
このまま三角山の麓まで歩いてみたっていい、とぼんやり考えていた気がするけれど、実際には国道に突き当たったところで引き返したのだった。たぶん、それがセイコーマートのあたりだったはずだ。そう、たしか、買ったのはグミだったはずだ。ぶどう果汁のグミが棚にひとつだけ残っていて、思わず手に取った。
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第3話「ぶどうを煮た夜」~前編~/小説連載『景色は風のなか』⑥
十月の人事異動で林さんが東京へ出向することが決まったと、課長からわたしたちパート職員に伝えられたのはたったの一週間前で、彼をあてにしていたいくつかの業務をまとめてこなすことになりここ数日はとても慌ただしかった。わたしだって人のことはぜんぜん言えないが、他のパートさんはみんなパソコンが苦手で、エクセルの関数はおっかなびっくり、マクロなんて言われた日にはもうお手上げだ。いつ人が替わっても大丈夫なようにと林さんがマニュアルを作ってくれてから作業量の不公平感はいくらかマシになったけれど、家庭がないという理由で残業はわたしばかりがやる状況までは改善されなかった。
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第2話「この眠りから醒めたら」~後編~/小説連載『景色は風のなか』⑤
広末さんの言っていた「知り合いの店」というのがまさか美容室だとは思っていなくて、グーグルマップ上の目的地についたぼくはしばし呆然としていた。雨とランプ、という風変わりな店名も相まって、完全に喫茶店かなにかだと思い込んでいたのだ。
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