第1問
ヒント
3つに分かれている池。
正解は…… 不忍池(台東区上野公園)
池の北側から南方面を撮ったところ。不忍池は「鵜の池」「蓮池」「ボート池」の3つに分かれていて、写真は「ボート池」だ。不忍池らしさのひとつである蓮の葉が見えない場所と画角ではあるが、とはいえこの大きさとスワンボートの姿ですぐにわかった方も多いのではないだろうか。
大きなヒントは、左奥に見えている不忍池辯天堂。もともと寛永寺の境内である上野公園一帯は京都に見立てた配置がされており、不忍池は琵琶湖、辯天堂は竹生島の宝厳寺に見立てて建立された。辯天堂が八角形なのは不忍池のどこからでも参拝できるようになのだとか。ちなみに、清水寺に見立てた同じ舞台造りの清水観音堂は、この池を見渡せる位置に立っている。
池の向こうに見えているのは、上野広小路や湯島付近の建物たち。このあたりにはかつて江戸時代の岡場所に単を発する花街があったエリアだ。作家の松川二郎は、上野のお山から池を見下ろした景色を「不忍池の向ふ端に料理待合の軒燈がズラリと一列にならんで、それが池の水にうつる風景は、東京の花街でもちよつと他には類のないなまめかしさを見せてゐる。」と『全国花街めぐり』(東京誠文堂)で描写している。
第2問
ヒント
桜の名所としても有名。
正解は…… 目黒川(品川区西五反田)
五反田駅の南西側、ソニー通りが通る大崎橋から目黒川の下流方面を見たところ。目黒川の紹介でよく登場する桜並木の場所よりは2kmほど下流だが、このあたりも春には桜が咲いて花見客が訪れる場所だ。
いくつか写真に写り込んでいるヒントのひとつが、手前にある東急池上線の高架橋。写真左端には駅のホームもわずかに見えている。JR五反田駅は高架駅だが、池上線の五反田駅のホームはそれよりさらに高い位置。開業当時は地表からの高さが東洋一の駅といわれていたとか。
その奥には、目黒川に架かる歩行者専用のふれあいK字橋が見えている。その名の通り「K字」の形をしている橋で、この画角では「K字」かどうかは見分けがつかないが、写真をよくよく拡大すると橋梁に橋の名前が書いてあるのが見える。
第3問
ヒント
漁師町。
正解は…… 佃堀(中央区佃)
いわゆる「佃島」にある入堀。写真は堀の先端から北方面を見たところで、中央に見える赤い橋が佃小橋だ。奥のタワーマンションたちは、「石川島」に立つ「大川端リバーシティ21」。1980年代から石川島播磨重工業(現IHI)の工場跡地につくられた、いわばウォーターフロント開発の先駆け的なタワマン群ともいえる。堀のそばにあり、大きな煙突の文字が目を引く『日の出湯』も大きなヒントだ。
江戸時代に徳川家康が大阪から呼び寄せた漁師たちが、隅田川河口の浅瀬を埋め立てて造成した島が佃島。周囲の埋め立てが進んだ後は堀の両端が海につながっていたが、1964年に佃大橋が完成したことで行き止まりの堀になって今に至る。周囲には船宿もあり、入堀は船溜として使われていて佃小橋の向こうには船がいくつも浮かんでいる。漁師町としての面影は今も色濃い。
第4問
ヒント
ハスの花も名物!
正解は…… 牛ケ淵(千代田区九段北・北の丸公園)
北の丸公園の北東側に位置する皇居の内堀で、田安門から清水門までの範囲。写真は桜の季節だが、ハスが群生していることでも知られ、夏の朝にはハスの花を見ることもできる。写真は靖国通りから南を見たところだ。写真右側にちらりと見えている日本武道館の屋根が決定的なヒントだろう。
日本武道館を挟んで反対側(西側)には桜の名所・千鳥ケ淵もあるが、この牛ケ淵との水面標高には10mほどの差がある(牛ケ淵が約4m、千鳥ケ淵が約16m)。こんなにも差があるのは、江戸城とそのお堀が武蔵野台地の東端を利用して整備されているから。南東側の日比谷濠や大手濠の水面標高は2mに満たないのに対し、東側は台地の上のため堀自体も深く、その急峻な斜面もまた美しい景色に一役買っていると言ってもいいかもしれない。
第5問
ヒント
とある公園のそば。
正解は…… 木場親水公園(江東区木場)
木場公園のそばにある親水公園で、地下鉄木場駅のあたりから仙台堀川付近まで連なっている。ここはもともと仙台堀川から大横川まで南北に走る水路だったところ。かつて周囲に広がっていた「木場の風景」をテーマに整備されていて、和船が設置されていたり柳の木が植えられていたり、ちょっとした江戸風情もある公園だ。写真奥に見えている木製の太鼓橋は、この親水公園のシンボルの一つでもある。
この親水公園の部分に限らず、界隈(かいわい)は水路が縦横無尽に張り巡らされていた地域。なかでも江戸時代に木場(貯木場)が造成された現在の木場付近は、江戸の繁栄を材木と水運で支えたエリアだ。ちなみに木場(貯木場)は1976年に新木場へ移転し、跡地に整備されたのが現在の木場公園。
第6問
ヒント
宿場町が近い。
正解は…… 品川浦船溜り(品川区東品川)
最寄り駅で言えば京急本線の北品川駅、旧東海道の品川宿からすぐで、八ツ山通りから見える入堀。写真は、北品川橋から南側、堀の先端を望んだところだ。
かつては豊富な水揚げを誇る漁村であり、海苔の産地としても有名だった品川浦。その名残をわずかに感じられる場所で、現在も釣舟や屋形船が浮かぶ。
この堀はもともと目黒川の河口だった部分だが、より南へ河口が付け替えられて現在の形になった。目黒川の河口付近の川筋は、八ツ山通りの道筋として残っている。明治時代の地図をみると、現在の船溜まりの場所はほぼ海岸線と言っていいほど海際。この100年で、いかに陸地が増えて海が遠くなったかを実感できる場所ともいえる。
全6問、これにて終了! おつかれさまでした。
かつて水の都だった東京には失われた水辺の景色も多いが、その名残は方々にある。現在は堀や水路になっている場所も、もともとは川や入り江だったというおもしろさもある。今回は水面が見える場所を選んだが、今は水の流れが見えない暗渠なども含め「水辺」と捉えて楽しむのもおもしろいですよ。
文・撮影=中村こより








