2月、仕事がなくなってしまった

よく「フリーランスは波がある」と聞く。忙しい月は目が回るほど忙しいけれど、ヒマな月は閑古鳥が鳴いて不安になると。

私はといえばここ数年、毎月コンスタントに仕事が入っていた。だからフリーランス特有の波を感じずに生きていたのだが、昨年(2025年)の夏にはじめて、「極端に仕事が少ない月」を経験した。基本的にインタビュー記事やエッセイを書いているので、AIに代替されやすい分野ではないのだが、それでもAIにとって代わられたのかと震える。

しかし、その翌月から仕事量が元に戻った。あの仕事の少ない月はなんだったのか、いまだに原因がわからない。フリーランスのライターや編集者に話すと「そういうことあるある」「たまたま“谷”の時期だったんだね」と言われた。フリーランスって“谷”の時期があるのが普通なのだろうか。

2月も、途中まではずっと仕事が忙しかったのに、途中からぽっかりとヒマになった。仕事がゼロではないが、今までに比べると極端に少ない。2月といえば、年度末の予算消化のため、記事を多く作る時期だ。Xを見る限り、他のライターさんたちはみんな忙しそう。自分以外の同業者がみんな売れているように見えて、うらやましくてたまらない。

つながりのある編集者さんに「何かありましたらお声がけください」と連絡をすると、皆さん「今はちょうど発注できる案件がないのですが、何かあれば声をかけますね」と言ってくれた。

自分から営業をしようと、これまで取引のなかった媒体にメールで企画を持ち込んだりもした。何件か送ったが、いずれも返信はなかった。私の企画がよくなかったのだろう。

私には「仕事の依頼=自分の価値」と考えてしまう癖がある。だから仕事が少ないと、「私なんて誰からも必要とされてない……」と落ち込む。

幸いなことに貯金はあるので、すぐに生活に困るというわけではない。しかし、不安はどんどん膨らんで暴走する。「このままずっと仕事が来なかったらどうしよう」「もうライターとしてやっていけないのかもしれない」と、雨雲のように立ち込める不安に心が支配されてしまった。

「吉玉さんって、仕事が途切れることを恐れすぎてますよね」

ある日、取材で遠出した。長い付き合いの編集さんから来た仕事だ。その編集さんもフリーランスなので、帰りの電車の中で「フリーランスって、どうしたら仕事が途切れないようになりますか?」と聞いてみた。

彼は「んー」と軽く笑って、こう言った。

「前から思ってたんですけど、吉玉さんって、仕事が途切れることを恐れすぎてる節がありますよね。貯金があるならジタバタしないで、1カ月くらい仕事せずに過ごしてみたらいいんじゃないですか」

そんな! 1カ月も仕事をしないなんて、不安で不安でおかしくなってしまう。

けれど、その言葉を聞いて少し心が軽くなっている自分もいた。そうか、私だけじゃなくて、他のフリーランスの人も仕事が途切れるタイミングはあるのだろう。私が過剰に不安がっているだけなのかも。

そのときは少しだけ気持ちが軽くなったものの、家に帰るとやっぱり不安で心が真っ暗になる。

どうしよう、どうしたらこの“谷”の時期を脱することができるんだろう。手を打たなきゃいけない。だけど、手当たり次第に営業メールをしたり、伝えたいこともないのに発信しまくったりしても、消耗するだけで効果は薄そう。

何が正解かわからない。ChatGPTは気休めしか言ってくれない。

仕事がほしい、誰かから必要とされたい。

気付けば心がぐしゃぐしゃになっていて、布団の中でぼろぼろと泣いた。

出版社への営業の帰り、吉野家で

泣いた翌朝、パンパンにむくんだ顔にメイクをした。とある出版社にエッセイ本の企画を持ち込みに行くのだ。もちろん事前にアポは取ってある。

実はすでに本一冊分の原稿がある。思い入れのある作品なので、どうしても書籍にしたくて、昨年の秋から出版社を自分で探しているのだ。

最初は、noteに「本一冊分の原稿を書籍化してくれる出版社を募集します」という記事を書いた。それを読んで連絡をくれた若手の書籍編集者の方がいて、対面で打ち合わせをした。しかし、その後おこなわれた出版会議では上司に「このテーマのエッセイではフックが弱い」と言われたそうで、書籍化の企画は通らなかった。

しかし、上司の方は吉玉サキという書き手に興味を示してくれたそうで、「別の企画で書下ろしなら」と言ってくれたらしい。それで、連絡をくれた若手編集者さんと再度の打ち合わせをし、別の企画案を用意した。

しかし、その別の企画案も却下されてしまった。代わりに上司の方が用意したという企画案は、生成AIに聞けばすべてわかるような内容のもので、私が書く意味はないと思ったのでお断りした。

担当の若手編集者さんと再度の打ち合わせをし、別の企画案を作ったが、その企画も通らなかったのだろう、連絡が来なくなってしまった。

仕方ないよなぁ、と思う。この出版不況の中、私のような無名の書き手の本がそうやすやすと出版されるわけはない。

私は過去に2冊の本を出しているが、それはたまたま運がよかったからだ。うまくいかないのは当たり前だし、連絡をくれた若手編集者の方に対しても、企画を通さなかった上司の方(会ったことはないが)に対しても、ネガティブな感情はない。むしろ、声をかけていただいたり、別の企画を提案していただいたりしてありがたい。

気を取り直して次に行こうと思い、私の好きなエッセイ集を出している出版社にメールで問い合わせたところ、好きなエッセイ集を担当した編集者の方に会ってもらえることになった。それで、むくみをメイクでごまかして、その出版社へと向かったのだった。

担当者の方は、私が事前に送った原稿をすべて読んでくれていた。その上で、「このテーマのエッセイではフックが弱いので、そのままの形で出版することはできない」と言われた。

やっぱり、無名の一般人のエッセイなんて需要がないのだろうか。

しかし、代わりに「こういうテーマで半分くらい書下ろしにしたらいけるかも」と切り口を提案していただき、ためしに3つほど、原稿を書いて提出することになった。

光が見えた。ダメかもしれないけれど、その場ですぐに切り捨てられたわけではない。突然メールしてきた私に対して、わざわざ原稿をすべて読んだ上で、別の切り口を考えてくれたのだ。なんて丁寧な対応だろう。

絶対に、このチャンスを逃したくない。

帰りは人形町駅で下車し、よく行く小網神社に寄った。お賽銭箱に千円札をねじ込み、息を止めて「書籍が出せますように。仕事が来ますように」と願う。

駅への帰り道、吉野家の前を通りかかり、おなかがすいていたので入った。

タッチパネルで注文をして、番号を呼ばれるまでの間、「売れたいな」というひとりごとが口をついて出た。8年もフリーライターをしているのに、なんて情けない呟きだろう。

一度「売れたいな」と思ってしまったらもう止まらなくなって、心の中で何度も「売れたい、売れたい、売れたい」と叫んだ。そうか、私はずっと、売れたかったのか。

番号を呼ばれたので、牛丼と唐揚げとお味噌汁のセットを取りに行く。久しぶりに食べた吉野家の牛丼は、懐かしくておいしくて、お味噌汁があったかくて、なんだかほっとした。ほっとしたら泣きたくなったけれど、平気な顔をして食べた。

「チャンスを逃したくない」「売れたい」と思えるうちは、私はまだ大丈夫かもしれない。

前からやりたかったことをやったら、元気が出てきた

それからは、仲のいい編集さんに言われた「1カ月くらい仕事せずに過ごしてみたらいいんじゃないですか」という言葉を思い出し、今まで忙しくて後回しにしていたことに着手した。

健康診断に行き、大掃除をし、ロボット掃除機を購入し、はじめての整体に行き、3日連続でPodcastを録り溜めした。いずれも、普段は仕事が忙しくて「時間ができたらやろう」と後回しにしていたことだ。

もちろん、出版社の編集さんから提案されたサンプル原稿にも着手した。これで書籍化されるかどうかを判断されると思うと緊張するけれど、いつもと同じように、淡々と全力で書くしかない。

やりたいと思っていたことを次々と片付けたら、なんだか元気が出てきた。すると、3月の仕事がぽつぽつと入り始めた。以前と比べるとまだまだ少ないけれど、よい兆しだ。

フリーランスの“谷”の時期をいつ乗り越えられるのかはわからないし、書籍化の夢が叶うとも限らない。すべての努力は、必ず報われるという保証はない。

けれど、こうやってジタバタともがき苦しむ日々すらも、書き留めていこう。どうしたって私は物書きなのだから。

文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama

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