偽汽車の話と狢塚

葛飾区亀有に見性寺という寺院があり、境内に狢塚という塚があります。

昔、亀有駅付近を常磐線が走り始めた時期に、この周辺に住んでいた狢が汽車に化けて線路の上を走っていたところ、対面から走ってきた本物の汽車と衝突して死んでしまうという事故がありました。

この狢塚は、その狢を弔うために建てられた供養塔です。現在の狢塚は1953(昭和28)年に建てられたもので、その前にあったとされる塚の場所は不明とされています。

フィールドワーク①亀有駅から狢塚へ

JR常磐線の亀有駅に到着。さっそく狢塚がある見性寺を目指します。

 

亀有駅は1897(明治30)年5月17日に日本鉄道の駅として開業。1909(明治42)年に線路名称制定により常磐線の所属となりました。

現在は高架駅として高架上を電車が通っていますが、昭和30年前後にはまだ地上を電車が走る駅で、狢が化けた汽車が通ってもおかしくはない構造だった様子。

今回の狢塚に伝わる民話のように、狢や狸や狐などが化けた汽車が本物の汽車と正面衝突するという話は民俗学では「偽汽車の話」と分類され、同様の民話は日本各地に存在しています。

山形県の最上郡最上町では、JR陸羽東線の富沢駅(現在の赤倉駅)を発車した汽車が、前方から煙をあげて迫り来る汽車と衝突するという事件がありました。

しかし、ぶつかった割に衝撃がなく、不思議に思って現場を探すと血まみれの大きな古狸の亡骸があったそう。

地域の人々は「鉄道工事で山を切り開いた時に巣を壊された狸の大将の恨みだろう」と言いながら狸鍋に舌鼓を打ったと言われています。

また、四国では汽車の音をまねる狸がいるという話が伝わっていたり、山梨県では狐が消防車にも化けたという話が伝わっていたりと、全国に同じような偽汽車の話があることがわかります。

フィールドワーク②狢塚を探す

亀有駅北口から線路沿いに中川方面へと歩いて行くと、曹洞宗直指山見性寺に到着しました。

事前に調べたところによると狢塚は見性寺の敷地内にあるそう。

 

場所がわからずしばらくうろうろと迷い歩いてしまいましたが、ようやく狢塚を見つけました。

小さな塚ですが供えられた生花は綺麗で、よく手入れをされ大切にされていることが伺えます。

前述の通り、現在の見性寺にあるこの狢塚は1953(昭和28)年に建てられたもので、それ以前にどこにあったのかは不明とされています。

現在の狢塚が建てられる前に旧狢塚が存在していたのかということ自体もわかっていませんが、存在しなかったものを改めて建てて、手厚く供養し続けることなどあるのでしょうか。

常磐線が走り始めたのが1889(明治22)年、亀有駅の開業が1897(明治30)年であることを考えると、常磐線開通・亀有駅開業から、現在の狢塚が建てられる50〜60年くらいの間、どこかに旧狢塚があったのかもしれません。

調査を終えて

狐はやや例外だと感じますが、日本各地に伝わる民話で狸や狢が化けて出る様子には、どこか遊んでいるような感じを受けます。何か目的があるわけではなく、ただ人をびっくりさせて楽しんでいるような無邪気ないたずら。

現在も東北地方では「最近の狸や狢はチェーンソーの音を真似て、木が倒れた音まで再現してくる」と語るマタギもいるようです。

驚かされた人々にとってはいい迷惑かもしれませんが、狢や狸のあの独特の可愛らしい顔を思い浮かべると、なんだかおかしくて少し笑ってしまうのでした。

【参考文献】
「現代民話考3 偽汽車・船・自動車の笑いと怪談」松谷みよ子
「山怪 山人が語る不思議な話」田中 康弘

 

取材・文・撮影=望月柚花