オギリマサホ(達人)の記事一覧

オギリマサホ
達人
オギリマサホ
イラストレータ―
1976年東京生まれ。シュールな人物画を中心に雑誌や書籍で活動する。趣味は特に目的を定めない街歩き。著書に『半径3メートルの倫理』(産業編集センター)、『斜め下からカープ論』(文春文庫)。
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「本物そっくり」を超越する、古びた食品サンプルの魅力
子どものころから「本物そっくりのニセモノ」が好きだった。ままごとで使うお金は葉っぱやおはじきでは納得できず、本物そっくりに作られた「子ども銀行券」をねだった。家族でドライブに出かける際は、高速道路の工事現場で旗を振る「安全太郎」人形に出会うことを何よりの楽しみとしていた。中でも私の心を惹きつけてやまなかったのが、レストランや喫茶店の店頭に飾られている食品サンプルであった。
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素敵な焼き印が押された、まんじゅうという名の小宇宙
まんじゅうの表面に焼き印を付ける仕事をしたいと思っていた。真っ白に蒸しあがった薯蕷(じょうよ)まんじゅうの表面にジュ―ッと焼きごてを押し当て、くっきりと印を刻む。その工程がたまらなく魅力的に思えたのだ。言うまでもなく、まんじゅうに焼き印を付けるだけの仕事などどこを探してもなく、また家庭で個人用焼きごてを用意するというのも非現実的であるため、断念して今に至る。 
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本物そっくりのイヌ・ネコ像(ガーデンオーナメント)を見て、思わず「ヨーシャシャシャ!」と話しかけてしまう場合とそうでもない場合
想像してみて欲しい。あなたが道を歩いていて、道端にトラ猫が丸くなっているのを発見した時のことを。あなたは恐らく「猫ちゃ~ん」と声をかけながらその猫に近づいていくだろう。ところがその猫はよくできた置物であった。あなたはキョロキョロと辺りを見回しながら、今の醜態が誰にも見られていなかったことを確認し、足早にその場を立ち去るに違いない。これは先日私の身に起きた実話である。
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山の「まといリス」看板を制覇したいという欲望
登山をしていると、よく出くわすのが、まといを持ったリスの看板。やけにかわいいアイツだが、そのバリエーションは実に様々。なんでもアニメまであるという。気になるアイツの後ろ姿を追った。
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花より目立ってしまう恐怖の”擬人化プランター”
プランターとは何のために存在するのか。それは植えられる花や植物を引き立たせ、より美しく見せるためではないのか。それが証拠に、ホームセンターで売っているプランターは白や茶などの目立たない色で、デザインも余計な装飾を省いたものがほとんどだ。ところが3年ほど前、堀切の街を歩いていて、ふと視線を感じて道沿いのビルを見上げた時、私は仰天した。
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もともと何を言いたかったのか? 「赤だけ色あせ看板」問題を考える
人はなぜ看板を作るのか。それは訴えかけたいことがあるからだ。看板の中でも特に重要な言葉は目立たせたい。そこで、その言葉を目立つ赤で書く。その心情はとてもよくわかる(写真1)。ところが、である。日数が経つと、赤い塗料はだんだん褪色していく。結果、一番目立たせたかったはずの言葉だけが消え失せてしまっているという事態が生じる。何とも皮肉な話だ。街を歩いていると、こうした「赤だけ色あせ看板」をあちこちで発見することができる。この「色あせ看板」をいくつかのグループに分類してみたい。
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辰ちゃん人形よ永遠に―「実在の人物型」店頭人形の役目
2019年12月、俳優の梅宮辰夫が81歳で亡くなった。そのニュースを聞いた時、私の脳裏に浮かんだのは「不良番長」でも「帝王」でも、はたまた「仁義なき戦い」でもなく、「漬物店の辰ちゃん人形、どうなるんだろう……」ということであった。
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電話ボックスにいた、謎のアイツ
私が子どもだった1970年代の終わり頃。街のあちこちには電話ボックスがあり、据え付けられている電話機は黄色だった。実はこの電話ボックスに、私は少し恐怖心を覚えていた。黄色い電話機は100円玉を入れるとお釣りが出ない。「間違えたら後戻りできない感」が、子ども時代の私には何とも怖く感じられた。しかしそれ以上に恐怖だったのが、電話機の上部に取り付けられていた注意書きのプレートであった。
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【コロナ時代の散歩術】パンダのシンシンもマスクをするのだろうかと、都内を調べてみた
新型コロナウイルスは、街の様子をも変えてしまった。どこの薬局にも「マスクの入荷はありません」と書かれた張り紙が掲示され、一方で街行く人のほとんどがマスクをしている。そのような状況の中、とある薬局の店先にいるパンダの人形が目に留まった。以前通りがかった時は、確かこのパンダはボーダーシャツに吊りズボンというオシャレな格好をしていたはずだ。それが、白衣に大きなマスク姿になっている。やはりこのご時世なので、この格好になったのだろうか。他の薬局のパンダはどうなっているのだろう。
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閉館した「兼高かおる旅の資料館」に行ってきた話
平成を過ぎて令和の世となり、昭和の面影を残すものがだんだんと姿を消すようになってきた。「としまえん」の段階的閉園のニュースもその一例である。「そのうちに行こう」と思っていた施設が、いつの間にかなくなっていたということも増えてきた。
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