オギリマサホ(達人)の記事一覧

オギリマサホ
達人
オギリマサホ
イラストレータ―
1976年東京生まれ。シュールな人物画を中心に雑誌や書籍で活動する。趣味は特に目的を定めない街歩き。著書に『半径3メートルの倫理』(産業編集センター)、『斜め下からカープ論』(文春文庫)。
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日本いかにも土産物考~スノードーム編~
旅の楽しみの一つに、土産物がある。その土地ならではの特産物や工芸品など、心惹かれるものは多い。一方で、ファンシーなキーホルダーやペン立てのように、日本全国どこに行っても似たようなものが売られていることもある。こういった「いかにも土産物」といった商品は大抵、有名な観光地に古くからある土産物店で販売されている。最近では各地の土産物もどんどんオシャレになってきて、土産物店から「いかにも土産物」が少なくなりつつあるようだ。しかし、少ないお小遣いを握りしめながら、何を買おうか迷っていた子ども時代を思い出すと、これらの土産物が絶滅してしまうのは残念極まりない。そこで今回は、「いかにも土産物」に目を向けていきたいと思う。
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現代にも生き残り続ける、「パチドラ」の今後について
子供の頃、母からマンガやアニメを見ることを禁止されていた。祖母の部屋のテレビで『愛してナイト』をこっそり見ていたら、最終回で母に見つかり、容赦なくスイッチを消された。小学校の同級生から『生徒諸君!』を全巻借りてきて読んでいたら、「今すぐ返していらっしゃい!」と𠮟られた。その時の母の鬼のような表情を、今でも覚えている。ところが唯一、藤子不二雄(当時はまだ2人組)作品だけは見ることを許されていたのである。子どもに見せたくない暴力や性といったテーマから程遠い作品である、という母の考えがあったのだろう。割とそうでもない藤子作品があることを、大人になってから知るわけだが。
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街の中でキャラ化する歯たち
それ単体で独立されると困るもの、それが歯ではないだろうか。本来、歯は歯茎にしっかりと生えていてもらいたい。それが単体で存在するということは、歯が本来あるべき口内から離れてしまっているということで、由々しき事態である。そのような事態に陥らないために、街中には数多くの歯科医院がある。ところがこうした歯科医院の看板を見ていると、思った以上に「歯単体」がキャラクター化して描かれているケースが多いのだ。
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人はなぜ、ビルに巨大ゴリラを設置したがるのだろうか~ゴリラビル考~
すっかり日も暮れた頃、私は西に向かってバイクで世田谷通りを走っていた。喜多見を過ぎたあたりで、ふと道沿いのビルを見ると、両眼を光らせた巨大な生物がこちらを見下ろしているではないか!あまりに驚いて、思わず前の車に追突しそうになってしまった。
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あぶない看板あれこれ~街は「危ない!」にあふれている
先日、当コラムで飛び出し看板について取り上げた。確かに飛び出しは危険であり、制止されるべき行為である。しかし、街に潜む危険は単に飛び出しだけに留まらない。よく見れば飛び出しに限らず、さまざまな注意喚起の看板が設置されている。今回は、その中でも「あぶない」という文言に注目していきたいと思う。
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街のスーパーで発見される、「呼び込み君」の悲劇
スーパーにはさまざまな音楽が流れている。そのスーパー独自のテーマソングや、鮮魚売り場に繰り返し流れる「おさかな天国」。その他に、最近よく聞くようになったのが、特売品のアナウンス音声と共に流れる「ポポポポポー」という軽快な音楽だ。この「ポポポポポー」の発信元は、「呼び込み君」という録音再生機である。製造元の群馬電機ホームページ( https://www.gunmadenki.co.jp/pickup/yobikomikun/ )によれば、カセットテープレコーダーのテープ劣化問題を解決すべく開発された商品で、半導体メモリーに音声を録音再生でき、人検知センサーで来客を検知する機能もあるという。BGMは専用の2曲が用意され、「ポポポポポー」はそのうちの1曲である。
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街にあふれる「飛び出し看板」の今後を考える
街中にあふれすぎていて、かえって目に留まらない看板の一つ。それが「飛び出し看板」ではないだろうか。子どもが飛び出す恐れのある通学路や公園近くの路地など、ドライバーに注意を促したい箇所に設置されている看板。昭和の「交通戦争」と呼ばれた時代から増え始め、現在では街に見かけない日はなくなった。本来であれば目立たなくてはならない看板なのだが、今や日常の風景となってしまい、注意喚起の意味合いが薄れてきている。それではいけないのではないか。今回はこうした飛び出し看板を取り上げ、今一度安全運転を心掛ける契機としたい。
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こんなところに金次郎?~街角に突如として現れる二宮金次郎像を追う~
かつて小学生だった人たちが、必ず一度は目を通す本。それが「偉人の伝記」ではないだろうか。その伝記の常連が二宮金次郎である。大人になった二宮尊徳がどのような功績を残したかは知らなくても、「村人のためにわらじを直す」だの「読書をするために、菜種を育てて油を得る」といった少年・二宮金次郎のエピソードを覚えている人も多いだろう。その中でも一番有名なのが、「薪を背負いながら本を読む」という話だ。
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街角プラ看板美術館~こんなデザインできたらいいなと思った看板たち~
前回の当コラムにおいて、街で見かける気になるペンキ絵について取り上げた。しかし気になる絵は、ただペンキでのみ描かれているわけではない。商店の入り口に掲げられた、アクリル板で作られた看板(以降、プラ看板と略す)の絵も、私の心をとらえて離さない。プラ看板は内部にライトが入れられており、夜になると明るく街を照らす内照式看板になっていることがほとんどだ。こうしたプラ看板には店名のみが書かれていることが多いが、街を歩けば意匠を凝らしたデザインの看板も発見することができる。今回は、私が参考にしたいプラ看板の絵とデザインについて見ていきたい。
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街角ペンキ絵美術館~こんな絵描けたらいいなと思った看板たち
イラストレーターの端くれである自分にとって、人の描いた絵というのはどうしても気になる存在だ。いつも「あんな絵が描けたらいいな」という、羨望の気持ちで眺めている。気になる絵は、美術館にばかりあるわけではない。街を歩けば、至る所に絵を発見することができる。中には高名な画家やイラストレーターの描いた広告などもあるが、その大半は作者がわからない絵である。広告屋さんが描いたのか、あるいは絵心のある人が手掛けたのか。今回はそんな街角アートのうち、私が「こんな絵を描いてみたい!」と思ったペンキ絵を取り上げていきたい。
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