「あそこはもう随分長いのよ、私が息子を生む前からあるんだもの。今は息子さんが頑張っているみたいね。」
と言われたある日の築地場外市場。
馴染みのお店の女将から噂を聞いて足を伸ばしたのは、築地場外市場にほど近い「レンガ」さん。
女将のご子息の年齢を考えると、35年から40年程の歴史をもつ喫茶店ということでしょうか。
場所は晴海通りと新大橋通りが交わる十字路から一歩入った路地裏。
観光地ではありますが、いわゆるアイドルタイムは人通りもまばらなこの一帯。高級割烹から庶民派食堂は息をひそめ、食事の為というよりは通り道として歩く人がちらほらと。
店名の通り、重厚感のある煉瓦と赤い庇が印象的な外観に、時の流れを感じます。
この日訪れたのは15時頃。
「いらっしゃませ」の華やかな声と、舞台俳優のように良く通るマスターの美声。温かなライティングに出迎えられて一番端のテーブルへ。
外の明るさよりもワントーン落ち着いた店内は、こっくりとしたブラウンと赤を基調とした外観とお揃い。暑さだけではなく、時間の感覚も外へ置いてきてしまったかのよう。
アイスコーヒーでも、と思っていたのですが、あえて冷たいウィンナーコーヒーをオーダー。
ホイップクリームと射干玉(ぬばたま)のアイスコーヒーのコントラストに小さくにっこり。ホイップクリームにも負けない澄んだアイスコーヒーは、乾いたのど元をするすると流れて、火照った五臓六腑に沁み渡っていきます。
遅めのランチを注文した方と、スタッフの方の賄いのナポリタンが仕上げられるジュージューという音と香り。
マイペースに食事を楽しむ方の「美味しそうな沈黙」と、常連客とお店の方の朗らかな声が織り成す気取らない空間に、築地らしさを感じます。
とっくにアイスコーヒーは飲み干していましたが、そのアットホームな空気感と紅色の背もたれにしばらく身を委ねて。
付かず離れずな距離を保ちながら、いつでも出迎えてくれて気持ちよく送り出してくれるお店なのでしょう。
静謐なひとときを味わう喫茶店もいいけれど、談笑や交流といったその時だけのBGMを楽しむ喫茶店もいいなと思いながら。
次は食事に来ようかな、と頭にカレンダーを思い描きます。
丸くてぷりっとした濃厚なナポリタンに口を染める、娘を想像しながら。