「お母さん、クリームソーダ飲んでみたい。」

日差しが照り付ける、土曜日の朝。発売された散歩の達人「東京カフェ時間」をパラパラとめくりながら、洗濯物を干し終えた私に娘がぽつり。

「じゃあ、お母さんが好きなところに行こうか。」

かなり人出が戻ってきた築地場外市場。
空いている方が嬉しい。けれども、活気がないのは悲しい。なんとも自己中心的な考えだと思いつつ、はぐれないようしっかりと左手を握る娘の頭をチラリ。
抱っこひもの頃から訪れているだけに、向かってくる人を避けるのもなかなか上手。

右手に伸びる新大橋通りにくるりと背を向け、「ここだよ。」と足を止めた私に娘が聞き返す。

「え、ここ?」

やや戸惑い気味の娘の手を引き、完全に日の光から遮断されると、ほわりと浮かぶ「甘味喫茶 胡蝶」の文字。
「ごめんください」と中へ入れば、ママさんが出迎えてくれる。

お水を運んでくれたママさんへ、メニューも見ずに「クリームソーダをふたつお願いします」とお伝えすれば、何色になさいますか?とのこと。
青やピンクも捨てがたい、おすすめの紫もいいかもしれない。けれど私の頭の中には、あの絵に描いたようなクリームソーダがしっかりと焼き付いていました。

「緑でお願いします。」

クリームソーダ未体験の娘も緑を注文し、5分程。その間に彼女はそわそわしながら、どんな思いを馳せながら待っていたのでしょう。

まるで今まさに絵本から飛び出してきたかのような鮮やかな緑色と乳白色のコントラスト。朝顔を模した大根の酢漬けが粋な演出です。

まずはメロンソーダから。火照った喉の奥に小川のせせらぎが生じるように、心地よいのに刺激的な幸せが流れていきます。
そーっとロングスプーンでバニラアイスを掬い、口へ運んだ瞬間顔が緩んでしまうのは言うまでもなく。これは万人共通なのではないでしょうか。

娘はというと、炭酸の刺激に目をぱちくりさせながらも、器用にバニラアイスと交互に楽しんでいるではありませんか。
どこで学んだの?本当に初体験なの?と、わかりきっているのに質問してしまう私に

「だってね、ずーっと食べてみたかったんだよ。」

の一言。
夏になると、少女漫画やティーン向けの雑誌で可愛らしい女の子たちがクリームソーダと一緒にポーズをとっている姿を見ては、憧れに近い感情を抱いていた幼少期を思い出しました。

娘にとって、クリームソーダは大人への階段のようなものだったのでしょう。そして私にとっては、幼少期を思い起こさせる子供への階段。
昇る娘、降りる私が交わり、同じ空間で同じものを美味しいと感じる。今の私にとって喫茶店のクリームソーダは、幸せの象徴のひとつかもしれません。

ズズッとストローを鳴らすまで飲み尽くし、満たされた私たちは再び光の下へ。

「ねぇお母さん、また喫茶店のクリームソーダ飲みたいな。」

クリームソーダと恋に落ちた、5歳の夏でした。