河川敷は見晴らしが良いので、花火が空に登っていく線がはっきり見えます。

数も多ければ、形も色も多様。朝顔や土星型の花火、富士山型の火。
歩きながら見ても、土手に座って見ても、橋から見ても、すべてが良かった。

春の心が桜なら、夏の心は祭りだと思います。

祭りは水モノ。天候が荒れれば開催できないし、こちらの予定も体調もあります。

だから今年、色々な祭りが見られたことは、
私にとって幸せでした。

小石川の朝顔・ほおずき市は、傳通院まで続く坂道の寺社仏閣それぞれに朝顔やほおずきの鉢が置かれ、
普段別個に点在する寺院たちの、街としての有機的な繋がりが感じられました。

上野の夏祭りは、不忍池に夢のように蓮が咲きほこり、その傍らで夜まで骨董市が開かれていました。
奇妙な品々とテントの怪しげな灯りが、闇市のバックグラウンドを持つこの土地の過去を偲ばせました。

神田明神の納涼祭。
リュックを背負ったままの中学生、振り付けが完璧なサラリーマン、浴衣姿の外国人、クラブのママだろうか上品なお姉様方、ビール片手のカップル、アニメコラボしているためオタクっぽい人たちも、みんなで盆踊り。
踊り方を知らなくても、間違いても誰も気にしない。
神田・秋葉原一帯の文化的多様性と、飛び入り参加歓迎の懐の深さを感じました。
出店の数も多く、赤い提灯が赤い社殿によく映えていました。


行きたかったけれど、行けなかった祭りもあります。
来年もし私が健康で、まだ東京で元気に暮らしていたら、きっと行こう。
そうやって、季節が過ぎていくのに期待するようにします。