御徒町駅から蔵前橋通りをてこてこ、おかず横丁や鳥越神社、ライオン本社を見ながら墨田川の堤防へ歩いていくと、そこにちょうど屋形船が二隻やってきました。

墨田川右岸を堤防沿いに進み、総武線の下をくぐり、屋形船をもやっている神田川の河口を柳橋で渡り、隅田川テラスに出て南下すると、なんと頑丈そうな、見るからに昔の橋らしい橋が現れた...

清州橋
昭和3年に竣工した吊り橋ですが、普通の吊り橋のようなケーブルではなく鋼材を張り、それに吊材をつけ縦に主桁とつなぐ吊り方としています。造りの曲線美や等間隔に吊られている吊材やリベットなど、どれも時間を感じさせて美しい。

古風な橋を満喫し、再び墨田川テラスを南下し、オレンジ色のリムジンバスが行き来する墨田川大橋の袂をくぐり、日本IBMを過ぎると間もなく、神田川と水道橋駅付近で別れた日本橋川をちょっと変わった形の橋で渡りますが...

豊海橋
この橋は関東大震災で被災した橋をかけ替え、昭和2年に再建させたもので、日本ではあまり例のない構築方法によるそうです。なるほど、いわれてみればあまり見たことがない形の橋ですね。

さて、この橋を渡っていると左手に大きな丸い橋が見えています。その橋を渡って進むと門前仲町、富岡八幡宮方面に行ってしまうのでUターン、この丸い橋はとみると...

永代橋
永代橋は江戸時代に架けられ、富岡八幡宮祭礼で押しかけてきた人たちの重さに耐えきれず一部崩落したことがあったといいます。大田南畝がこんな狂歌を詠んだとか。
  永代と かけたる橋は 落ちにけり きょうは祭礼 あすは葬礼

永代橋からは隅田川テラスに沿ってひたすら南下、このまま進めば鉄砲洲を通って築地方面に抜けますが、きょうはここで左折して中央大橋を渡り、江戸時代を彷彿させる月島の佃の町に。

人一人が行きかうことも大変な路地の途中に佃天台地蔵尊がおられました。このような路地がぱらぱらあり裏町を十分に感じさせる地区でした。佃煮の店を見てさらに月島もんじゃストリートを経由して15分ほどで最後の目的地...

勝鬨橋
昭和15年にこの跳ね橋は完成、当時は1日に5回跳開していたようですが、昭和42年には最後の船による跳開が行われたと。幼稚園に通ってた頃、親に連れられて見にいったということだが、跳ねている状態は記憶には残っていません。
勝鬨橋は、清洲橋・永代橋とともに国の重要文化財に指定されています。複雑なシンメトリック感は断トツですね。

そろそろ陽がが傾いてきましたか。今日は一日中、墨田川やそこにかかる重要文化財の橋などを堪能しました。
時が流れ、今はもうポンポン船はやってきませんが、宇宙船のような水上バスが、今日も通りますよあの橋の下。