北区立郷土資料館が出版した「北区の昔 よもやまばなし」に石神様の話しがありますので、かいつまんでご紹介します。
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まだ王子稲荷となる前は岸稲荷と呼ばれ、小さな村の鎮守様でした。毎朝常じいさんとつねばあさんがお参りをして掃除をしていたそうです。ある日村を流れる川に石が浮いていたので、村人が持ち上げようとしたが持ち上がらない。そこで神さまのお気に入りの人をという事でこの老夫婦が呼ばれました。2人は軽々と持ち上げて道に上げ、それから石をおじいさんが背負い、おばあさんが手を引いて運びました。背中で石はニコニコしていたように見えたそうな。そして、石は稲荷の横に祀られました。
この石をよく拝んでお願い事をすると、石は軽々と持ち上がって願い事が叶うといわれています。
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写真では、奥の座布団の上に鎮座しているのがその御石様です。見るからに重そうな石です。
案内板の説明には、事前に思ったより軽かったら願い事は叶いやすい、重かったらまだまだ努力が足りないのだそうです。
勿論、私も試してみました。
自分の子供達の幸せを一番に祈ったのは親として当たり前ですが、世界平和までお願いしたのはちょっと欲張り過ぎでしょうか。
想像通りの重さだったので、そこそこは叶えていただけるのではと期待しています。
さて、皆さんならいかがでしょう。でも、案内板にもありますが、無理をしないでくださいね。

次は、落語「王子の狐」のお話です。これも北区郷土資料館の「調査報告第9号 王子・飛鳥山・田端 拾葉帖」から本文を要約して書かせていただきます。その関係で表現を少し変えていますが、ご容赦ください。
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狐は人を化かすと言いますが、きつねの世界では人の方がよほど化けるとか。
王子稲荷へのお詣りに向かう男が道灌山の芝原で寝転がっている狐を見つけ、化かしてやろうと狐に声を掛けた。
姐さん、ここで寝てると冷えますよ。起こされた狐は姐さんと呼ばれたので十八九の大層いい女に化けた。そして、日本橋から来たが、家の者達とはぐれてしまったと言う。
男は、それなら自分は神田の者だからお詣りしてその後一杯引っ掛けたら送ってあげようと女を誘う。
女は化かされているとも知らず、料理屋で口あたりの良いお酒を沢山飲んで寝てしまい、男は、勘定は女が払うからと帰ってしまう。
その後寝ている女は狐だと正体がバレて散々な目に遭ってしまった。
男は家に帰って狐を化かしてやったと自慢話をするが、年かさの人に諭されて、翌日お詫びに行く事にした。
料理屋で詫び、道灌山へ来ると小狐を見つけ、昨日のおじさんが謝りに来たから差し上げてくんなと牡丹餅を持たせた。小狐は巣穴に戻り、母狐に報告すると、母狐はこう言う。無闇に食うな、馬の糞かも知らない。
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ちょっと長くなってしまいましたが、いかがでしょう。騙した男も騙された狐もどちらもそんなに悪いヤツではない。むしろ人間味(キツネ味?)にあふれる憎めないキャラクターではないでしょうか。
さて、写真に見える階段上にある祠が狐の穴跡だとされているようです。ここで牡丹餅は食べられたのか、それとも捨ててしまったのか。気になるところです。

最後はこちら。落語の話しを聞いてから見ると、愛嬌のある顔がなんとも愛おしく思えてくるのではないでしょうか。
機会があったら、生の落語でこの噺を聴いてみたいものですね。