北区にある王子は、『王子製紙』の製紙工場の発展と共に酒場も栄えた。そんな老舗、名店ぞろいの中に『宝泉』がある。この酒場は酒と料理がとにかく安くて旨いが、なんといっても〝カウンター〟が素晴らしいのだ。

中へ入るとすぐにカウンターがあるのだが、驚くなかれ、なんとそのカウンターが独立した状態で2つ並んでいるのだ。

嬉しいことに、この日はそのカウンターの特等席に座ることが出来たのだ。そこは、2つのカウンターの〝コ〟の字と、通路を挟んで〝ロ〟の字とのちょうど中心だ。前のコの字も絶景、後ろのロの字も絶景が広がる、これぞ超特等席だ。〝お別れの日〟としては、これ以上の舞台はない。よし、儀式を始めようか。

このカウンターでもう一つ特徴的なのは、その〝低さ〟である。身長173㎝の私でも、座るとまるで子供机に座っているかのように目線が低くなる。だが、それがいい。そんな〝こじんまり〟とした自分だけの空間で飲む酒は、一味も二味も違ってくる。

「はい、お待たせしました」

そこへ本日の主役の登場だ。そう、この季節に別れを告げなければならないものとは『おでん』だったのだ。数多くのタネがある中で、特に今夜のタネたちにはお世話になった。

『ち く わ』──あなたは寒い日に頼むおでんの中で必ず待っていてくれたね
『ごぼう巻き』──熱燗との相性は君が一番だった
『コンニャク』──いつもみんなを陰で支えてくれた縁の下の力持ちだ
『がんもどき』──じゅわっと滴る汁で何度も火傷しそうにしてくれたね

そして『大根』……人気者のお前の存在があったからこそ、冬の呑兵衛たち全ての身体を温めることが出来た、ありがとう。

寒かった日々が終わり、やっと暖かい季節がはじまった。だが、あの寒い中でフーフーしながら頬張る熱いおでんともしばらくはお別れだ。寒さが終わるのは嬉しいけれど、やはりどこか寂しいような──呑兵衛が想う、そんな季節。

冬よ、桜よ……おでんよ、また来年。


取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)