二十歳も過ぎて酒を飲めるようになると、祖父が行きつけだという酒場に連れて行ってもらうことが多くなった。半分は寿司屋、半分は飲み屋といった酒場で、いつも行くような決して高価な店ではなかったが、料理が豊富でどれもおいしかった。座る場所も決まっていて、入ってすぐの小上がりだった。

そこで私は『おまかせ握り』と『厚揚げ』を必ず頼むのだ。田舎では食べたことのないおいしい握り、一貫食べるたびに私の子供の舌は歓喜した。厚揚げは、その店で初めて食べたのをきっかけに大好物となった。軽く焦げ目のある表面、添えられたホウレン草からは香ばしい醤油の香り……本当においしかった。それを必ずおかわりするのを、祖父は笑って言った。

「一杯くらい、飲めるんだろ?」

二十歳そこらの私は、ほとんど酒を飲むことがなかったが、ここに来ると一杯だけビールを飲んだ。ただ、祖父と二人でする乾杯が、いつも何だか気恥ずかしかった。「苦いなぁ……」と思いつつも、チビチビと時間をかけて飲む。そうしているうちに、酒の旨さが分かってきたような……いや、全然分かっていなかったと思う。


「センセ、今度はいつまでいらっしゃるの?」
「そうだなぁ、まぁ明日も来るさ」

〝先生〟と呼ばれる祖父の隣には美人の女将さんがいて、熱燗と小さな小鉢だけでチビチビやっていた。酒を愉しんでいるというよりは、ここにいる女将さんが目当てだったのは、小僧だった私にでも分かっていた。


店を出ると祖父は「女将さんのこと、婆ちゃんには言うなよ」と言って、口止め料という名の小遣いをくれるのがお決まりだ。子供の頃から厳格な祖父だったが、この時だけは違ったように見えた。そんな気が抜けた祖父を見るのも楽しかったし、あの酒場での時間は間違いなく〝しあわせ〟であった。
 
 
 
 

──十年前に祖父が亡くなり、何年か経ってから「あの酒場、まだあるかな……?」と思い出すようになった。それから私は、その酒場を探し続けているが、なぜか、どうしても見つけることができない。もう祖父に聞くこともできないし、これだけ探して見つからないのだから、とっくに店を閉めてしまったのかもしれない。

はたして、その酒場にまた訪れることが出来たのなら、そこでまたあの苦いビールを飲むことがあるのなら、それが私にとって本当の〝しあわせの一杯〟になる気がしている。
祖父と二人の一杯を想いながら、今日もその酒場を探し続けている。


取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)