この〝場所〟というのも日本酒にとって重要な存在で、例えば老舗の大衆酒場のカウンターで、独りしみじみと飲むのと、高級料亭の厳かな雰囲気で飲むのではまったく味わいが変わってくる。古民家風でやるとマッタリとした風味が加わり、直々に酒蔵へ行って飲む日本酒は、どこか神秘的な味に感じる。
飲んでいる場所で味わいが変わる不思議な酒、日本酒。他にはこんな場所もある。

東京四ツ谷にある『鈴傳(すすでん)』は、いわゆる〝角打ち〟という酒屋で立ち飲むスタイルの酒場。酒屋というだけあって日本酒はお手の物、何種類も揃っている。店内の壁は、緑のタイル模様がどこかノスタルジーで、独創的な美しさがある。

「おすすめの日本酒はなんですか?」と女将さんに訊くと、さすがは任せないさいと言わんばかりに、目の前にズラリと一升瓶を並べてくれる。悩んだ挙句、栃木の銘酒『鳳凰美田』を選ぶと、これまた目の前でグラスを置き、並々と注いでくださる。

こぼさない様に自分の陣地(テーブル)へ持ち帰り、さっそくひと口。口当たりは柔らかく、果物のように甘く爽快な風味がスーっと喉を伝う。
「ハァ~、うんめえ!」そうそう、この気取らない感じ。かなり上等な日本酒のはずなのに、こんな場所だと気軽に飲めてしまう。

気軽に飲めてしまうと、気軽な〝アテ〟も欲しくなる。大根、厚揚げ、玉子などのシンプルな煮物は、ちょっと濃い目の味付けで日本酒の甘味に合う。あっさり目に漬かった『しめ鯖』だって、これも日本酒のコクとピッタリだ。
まさしく、お酒と料理がお互いに引き立て合っている……そして、この〝場所〟だ。


独創的なタイル張りに囲まれ、決して上等ではないグラスに上等な日本酒。それを、いい意味で力の入っていない、けれども温かみのあるアテでいただく──その場所で飲む日本酒は、その場所でしか味わうができない、特別な魅力があるのだ。


取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)