つい先日まで住んでいた、渋谷区の幡ヶ谷。新宿から2駅という立地ながら、京王新線(京王線、ではない)という絶妙に不便な路線しか通っていないため知名度は低めだが、新宿や代々木上原、下北沢、中野なんかにも自転車があればサッと行ける、なかなか便利な場所だった。
そんな幡ヶ谷に住んでいたころによく利用していたのは駅から徒歩30秒くらいのところにある「ぽえむ」という純喫茶だ。
創業は1966年、下高井戸と幡ヶ谷に直営店2店舗を構えていて、フランチャイズも含めると全国に約20店舗ほどのお店があるそう。
ブレンドやシングルオリジン、アレンジコーヒーなど、約100種類ものコーヒーメニーを取りそろえている。
店内は茶系のインテリアでまとめられていて、これぞ純喫茶! といった落ち着いた雰囲気。レンガ風の壁に使い込まれた風合いの椅子や机が、レトロなムードを醸し出している。
Wi-Fiがあるので、集中して原稿を書きたい時にパソコンを持ち込むことが多かったけれど、休日に読書を目的に訪れることもあった。
おいしいコーヒーを飲み、ケーキをつまみながら、居心地のいい空間でのんびり本を読むのは至福の時間だった。
パソコン作業や打ち合わせなど、仕事で利用している人もちらほらいたが、地元のご年配の方が新聞を読んだり、待ち合わせに使ったりしていることも多かった。
常連客と店員さんがなごやかにおしゃべりしている場面もよく見かけた。かといって、店員さんが積極的に話しかけてくるわけではなく、一人で過ごしたい客は放っておいてくれるので居心地がいい。
幡ヶ谷の「ぽえむ」は、古き良き昭和の喫茶店を彷彿とさせるような、街に根を張った店だった。
引っ越してしまったので、もうなかなか「ぽえむ」へ行く機会はないだろう。
これまでも、自宅の引っ越しや職場が変わったなどの理由で、通わなくなった店はいくつもあった。
けれど、その街で過ごした日々を振り返るとき、私は必ず行きつけの喫茶店を思い出す。
幡ヶ谷は仕事の都合で選んだだけの縁もゆかりもない場所だったが、私は「ぽえむ」を通して、すこしずつ幡ヶ谷という街になじんでいくことができたように思う。
ただコーヒーを飲むだけ、ケーキを食べるだけではない、街と自分を繋いでくれる、よりどころのような場所。それが、私にとっての喫茶店だ。