今回の“会いに行きたい!”

竹野『海の音(ね)』女将の宮崎裕紀さん

「美魔女コンテスト」に出場。一発芸は松葉ガニの早むき!

玄関にはデニムの着物を着て、にっこりほほ笑む等身大パネルが置かれている。その奥から、パネルと同じ明るい髪の色をした、海の似合う女将がひょっこり現れた。

「これは10年前、美魔女コンテストに出た直後の写真です」

40代からの美容雑誌『美ST(ビスト)』を出版する光文社が2010年から始めた「国民的美魔女コンテスト」。2015年、38歳の裕紀さんは知名度の低かった宿を宣伝したい一心で、出場を決めた。

出場者たちがヨガやY字バランスで自己アピールするなか、裕紀さんの一発芸はご当地PRも兼ねた「松葉ガニの早むき」と「エアーカヌー」という変わり種。「カニを食べる習慣のない関東の審査員には『え? それが何?』と思われたようで、ドすべりしました」と屈託のない笑顔で振り返る。

第三子を出産後間もない時期にビキニを着て、応募者2000人中18人のファイナリストに選ばれた。

「美を競う大会だから、参加者は性格悪そう、友だちにはなれないかもって思っていたんですが、周囲を蹴落とそうなんて人はいなくて、みんな性格がよくて、いまでも交流が続いています。宿をオープンしたときにはお祝いも届きました」

SUPピラティスのインストラクターでもある裕紀さん。インナーマッスルを鍛え、美ボディを保っている。
SUPピラティスのインストラクターでもある裕紀さん。インナーマッスルを鍛え、美ボディを保っている。

そんな仲間たちから刺激を受け、2017年に「ピラティスインストラクター」、2018年に「ファスティングマイスター」、そして2019年に「筋膜リリースインストラクター」と次々に資格を取得し、宿泊プランにも生かしてきた。

「骨格や筋肉に興味があるんです。夫からは、『美容・健康オタク』だと言われています」

客室数の少ない宿には珍しくエステサロンがあり、心と体の美を磨くメニューを提供している。最近では深部体温を上げるスペイン発の高周波温熱機器「インディバ」を導入して裕紀さん自ら、お客様に施術する。

「筋膜リリースもできます。お客さんから『よく眠れた』と喜ばれています」

こんもりした山は猫崎半島(通称・キューピー半島)という。
こんもりした山は猫崎半島(通称・キューピー半島)という。

海の家、カヌーで成功し『海の音』を2016年に開業

オーシャンビュー、12.5畳のモダン和室。えんじ色の壁のアートは裕紀さんがペイントした。
オーシャンビュー、12.5畳のモダン和室。えんじ色の壁のアートは裕紀さんがペイントした。

高3、高1、小6の3人の子育てをしつつ、『海の音』では女将、ピラティスや筋膜リリースのレッスンではインストラクターに変身する。さらに2024年、実家の宿『よどや』を引き継いだので、社長業も加わった。

竹野生まれの竹野育ち。少女時代は夏になると毎日、海で泳いでいた。いまでこそ肌は白いが、当時は日焼けで真っ黒。「白いのは目と歯だけだった」と振り返る。

「中学の授業では遠泳があったし、海に投げ込まれた桃やスイカを取りに行く『桃まき』という独特のイベントもありました。だから泳ぎは得意。なかでも立ち泳ぎは何時間でも続けられます(笑)」

京都の大学に進学し、卒業後は生命保険会社に就職した。「いつかは宿を継ぐもの」と思っていたから、28歳で結婚を機に、ご主人を連れて竹野に戻る。

「都市での生活は何もかもが楽しかったけれど、自然がない暮らしは、もういいかな……」という気持ちも芽生え始めていた。「竹野の海は都会で疲れた人の癒やしとなる」。その直感がさまざまなメニューを生み出す原動力となった。

プライベートビーチさながらの海の近さだから、窓からの眺めが最高。波音が聞こえ、心地いい一夜を過ごせる。
プライベートビーチさながらの海の近さだから、窓からの眺めが最高。波音が聞こえ、心地いい一夜を過ごせる。

実家の宿は父母が健在だったため、新婚夫婦が最初に手がけたのは「海の家メリ」。海水浴客はピーク時と比べて減っていたが、繁盛したという。

転機は2010年。豊岡市が山陰海岸ジオパークに加盟したのを機に、2012年、ジオカヌーをスタートした。「あれよあれよという間にカヌー事業が右肩上がりで売り上げを伸ばしていったんです」

エメラルドグリーンの海にカヌーを漕ぎ出し、キラキラと光が差し込む清瀧洞門(せいりゅうどうもん)は“日本海で見られる青の洞窟”と話題になり、いまでは外国人客がわざわざ訪れるほど。SUPピラティスは裕紀さん自らインストラクターを務める。

ただ事業の継続性を考えると、季節や天気の影響を受けにくい商売をしたいと、友人の実家である旅館を買い取り、2016年に『海の音』を開業した。

日本海版“青の洞窟”のカヌープランでは、迫力満点の自然を体験できる。
日本海版“青の洞窟”のカヌープランでは、迫力満点の自然を体験できる。

美と健康に矢印を向けた女性目線のサービスの数々

のどぐろ、あわび、但馬(たじま)牛が味わえる「遊」コース。しゃぶしゃぶはすっぽんのスープをくぐらせていただく。
のどぐろ、あわび、但馬(たじま)牛が味わえる「遊」コース。しゃぶしゃぶはすっぽんのスープをくぐらせていただく。

夕食で出す「コラーゲンプレート」は、すっぽんのスープに八鹿豚(ようかぶた)をくぐらせるしゃぶしゃぶで美肌づくりをサポートする。

また「3日断食すると、ハイテンションになってやめられなくなる」と自身もハマる、ファスティングプランも看板メニューの一つ。「ファスティング」とは、食事の代わりに酵素ドリンクで栄養を補給しながら断食することで、内臓の疲れを回復させ、腸内環境の改善ができる健康法。裕紀さんも3カ月に一回実践して、体型維持に役立てている。

温まり効果の高い温泉を注ぐ浴室は男女別に1カ所。外にはバレルサウナを新設した。
温まり効果の高い温泉を注ぐ浴室は男女別に1カ所。外にはバレルサウナを新設した。

こうしたプランのほかにも、よもぎや松葉、たんぽぽなど無農薬のハーブの蒸気で体を蒸す「ハーブ蒸しサウナ」1時間3000円や前述の「インディバ」30分5000円〜をプラスしたり、ダイソンのドライヤー・ヘアアイロンを貸し出したり、ボディソープ・シャンプーを選べるシャンプーバーを設けたり。裕紀さんの眼鏡にかなう「女性目線」のサービスを数々打ち出している。

「美と健康は一日にしてならず。五感を喜ばせて、笑顔になって帰ってもらいたい」

自らを育んでくれた母なる海を舞台に、何をしたら訪れる人が喜んでくれるかを日々模索しながら、次の10年を見据えて宿づくりに奔走する。

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歩いて見つけた立ち寄りスポット

『なごみてぇ』焼杉板の外壁がしゃれたなごめる古民家カフェ

地元の人が集う古民家カフェで甘酒やコーヒー、小腹がすいたら竹野産わかめの「わかめうどん」400円はいかが。

「ジャジャ山公園」竹野浜と猫崎半島を望む風光明媚なビューポイント

写真=豊岡市。
写真=豊岡市。

15分ほど歩けば標高90mの展望台に到着。そこから、青い海と白砂のビーチが1kmほど続く竹野浜を見渡せる。

住所:兵庫県豊岡市竹野町竹野3396-1/アクセス:JR山陰本線竹野駅から車5分

取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2025年9月号より