今回の“会いに行きたい!”
かみのやま温泉『彩花亭時代屋』館主の冨士重人さん
自身の病気を経て山歩きのガイド歴は18年目
フィトンチッドの森の香りを胸いっぱいに吸い込んで、清々しい朝の山を歩く。ただ歩くだけでも十分健康になれそうだが、かみのやま温泉の「早朝ウォーキング」ではさまざまな仕掛けがなされている。主催するのは『彩花亭時代屋』の館主、冨士重人さん。
「77歳で、お腹は全然出ていません。これもクアオルトウォーキングの効果です」と胸を張る。
「クアオルト」とは、ドイツ語で「クア=療養」+「オルト=場所」。つまり「療養できる場所」のこと。日本の温泉療養は、ドイツのように公的医療保険の対象にはならないが、自然の力を借りて健康増進を行う「クアオルト」の考え方に共鳴して、上山市では2008年から「上山型温泉クアオルト事業」に取り組んできた。
「早朝ウォーキング」はその一環として、有志がボランティアで365日、行っている。
「農閑期に2週間ほど温泉に入り、持ち寄った食材を調理し、神社仏閣をめぐって体を鍛えたのが『湯治』です。クアオルトウォーキングは日本の湯治文化そのものなんです」
宿の主がなぜ山歩きのガイドをしているのか? それは病に倒れたことがきっかけだった。
大学を出て、観光デベロッパーの会社に入社した重人さん。猛烈ビジネスマンを経て33歳の時、父親の病気がきっかけでかみのやま温泉に戻ってきた。
働き詰めの毎日で、56歳の時に胃潰瘍(かいよう)を発症し、血を吐いた。「おそらくストレスが大きかったのでしょう。胃の粘膜がザクザクに傷つき、退院後に3mの坂道を上れなくなるほど、体力が落ちてしまったんです」
この経験から健康のありがたみを痛感した重人さんは、これまでだったら引き受けていない「上山市温泉クアオルト協議会」の会長職を引き受けることに。17年間、自らボランティアガイドを続けてきた。
2017年には上山市のメンバーとともに渡独し、「気候療法士」の資格も取得している。
ビル41階相当の高低差をおしゃべりしながら楽しく歩く
クアオルトの考え方は「楽しみながら、頑張らないで健康になる」。市内の認定8コースのうち、「葉山コース」は医王山へ登る全長2.6㎞。標高180mから320mの140mの高低差を、約1時間かけて登り下りする。
「標高差140mは1階から41階まで登る高さ。ゆっくり歩いても、山道なので負荷がかかり、心臓のマッサージ効果が得られるんです」
「160-年齢」の脈拍数で歩くと、「ミトコンドリアの活性化」と「免疫力アップ」が期待できるそうだ。
途中、冷たい水に腕を肘までつける「クナイプ療法」で血流アップを図り、葉山神社で「お薬師様」を詣でる。
さらに蔵王連峰を見渡す「花咲山展望台」で絶景を眺めたり、樹木に抱きついたり、縄を使ったストレッチをしたりと、さまざまな癒やしのプログラムが組み込まれていて楽しい。かみのやま温泉のどの宿に泊まっても、無料で参加できる気楽さもいい。
キノコや薬草が生えやすい東向きの山だから「センブリ」や「クロモジ」「コブシ」といった古来、民間薬として利用されてきた薬草も生えている。薬草の葉をもんで香りを嗅いだり、鼻の穴に入れて芳香成分を楽しんだりと“宝の山”を満喫しつつ、森を歩く。
開けた場所では「ヤッホー」ではなく、「アッホー」と大きな声で叫ぶ。これは、食物や唾液が気管に誤って入る「誤嚥(ごえん)」を防ぐ喉の運動だとか。
「年齢を重ねてヒアルロン酸が減ると、喉も詰まりやすくなる。大声を出すと、予防ができます」
朝、太陽の光を浴びたり、仲間とおしゃべりしたりすると、脳内の神経伝達物質「セロトニン」効果で、自律神経が整い、夜の眠りが深くなるとか。そんなウンチクを伝授してもらいながら、持ち寄ったおやつを食べ、おしゃべりに興じた。
森は「木もれ日」「日陰」「日向(ひなた)」が3分の1ずつになるよう植樹し、山猫のイラストが描かれたバス停や天使の翼のウォールアートを作るなど、地域の仲間が一丸となって森づくりをしてきた。
カギはたんぱく質と食物繊維健康になる「クアオルト膳」
「クアオルト」の考えを取り入れた健康メニューもある。たんぱく質と食物繊維が多い食材を使った「クアオルト膳」は、朝・夕の塩分を6g程度に抑えている。
前菜は塩分を排出する働きのあるカリウムが多い山菜・野菜づくし。もずく酢は免疫を高めるフコイダンとカリウムを含み、さらに酢には、血糖値を下げる働きがある。
くじら汁は山間地域の貴重な動物性タンパク源である、くじらの塩漬け「塩くじら」をジャガイモと煮た郷土料理。ご飯は赤米を混ぜ込み、抗酸化作用のあるポリフェノールが血糖値の上昇を抑制する。
「血糖値を上げると血管をはじめ、すべてが傷んでくるので、食べた塩分をなるべく早く排出し、血糖値を下げて糖尿病になりにくいメニュー構成にしています」
土地の素材を生かした「クアオルトウォーキング」と「クアオルト膳」。自然の中でウォーキングし、健康によい食事を味わうことで、見過ごしている不調に気づいたり、普段の生活を改めるきっかけにもなる。
歩いて見つけた立ち寄りスポット
『リストランテ ichie』野菜がおいしいイタリアンランチ
サラダ、スープが付いたパスタ、リゾット、ピッツァランチは1200円〜。女将さん手作りのリースも素敵。
『Cafe and Gallery 月と星』オーガニックな食材で体が喜ぶひとときを
ソイミートとオーガニックトマトのミートソースをのせた、雑穀パンとベジパスタのセット1848円。
取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2025年8月号より







