広大な雲海が広がる、誰もいない天空で

子どもの頃から空を飛ぶ夢を見ていた。ドラえもんのタケコプターを使って雲の上を飛ぶような夢だ。でも、大人になると誰もがそんな夢なんて忘れてしまう。

私も大学を卒業して、サラリーマンとして働きだした頃、そんな夢は忘れていた。しかしある日、モーターパラグライダーと出会った。それらからまた、空を飛ぶ夢を追いかけるようになった。

初めてモーターパラグライダーで雲の上に行ったのは北海道の知床(しれとこ)だった。空は雲に覆われて曇天だったが、一部薄くなっているところがあって、そこから雲の上に抜けた。

本物の雲はマンガにあるような、綿あめみたいにもこもこしていて触れるものではなかった。ただの水蒸気であることが実感できた。

しかしその水蒸気の集まりの上は、広大な雲海と壮大な空があった。マンガのような、現実とは思えない、あまりの美しさに涙があふれた。

高度約6000mの世界。旅客機からも見られる景色だが、生身で飛んでいると感じ方がまるで違う。目の前の雲の形がどんどん変わっていく。
高度約6000mの世界。旅客機からも見られる景色だが、生身で飛んでいると感じ方がまるで違う。目の前の雲の形がどんどん変わっていく。
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それから18年、さまざまな空を飛んできた。国内での最高高度は6000m。パラグライダーは登山ほど体力を使わないこともあり、高山病で頭が痛くなるようなことはなかった。だが、やはり空気の薄さは感じた。私がこれ以上高く上がるには酸素ボンベが必要だろう。

6000m上空では、雲ははるか下にあった。旅客機の窓から見ているような景色の中を生身で飛んでいることが不思議で、夢の中にいる気がしてくる。

自分はいまこの空間で一番高い場所にいる。誰もいない雲の上でそう思う。なんとも言えない充実感と非日常的な景色を堪能し、次はさらに高い場所を目指すことを決意する。

日本の空から世界の空へ。目指すは高度9000m。空の旅は続いていく——。

パラグライダーにロープでつなげた小型アクションカメラで自撮りした写真。
パラグライダーにロープでつなげた小型アクションカメラで自撮りした写真。

取材・文・撮影=山本直洋
『旅の手帖』2025年4月号より