能登のいまを伝える人:荻のゆき
都会や海外で暮らした後、20年前に石川県輪島市の里山に移住。自然に根ざした暮らしをしながら、現在は能登の魅力を込めた和菓子を作る工房を主宰。地震発生時は関東に帰省中で難を逃れたが、アトリエは大きな被害を受けた。
『の菓子café』『のがし研究所』
完全予約制・不定期営業
*開催日や詳細はInstagram(@notonogashi)の投稿を確認
それでも、しなやかにしたたかに芽吹く能登の春
人里離れた山奥に『の菓子』という和菓子の店を、気まぐれに開店している。
屋号は「能」登の風土に根差し、「農」の風景につながり、「野」山の季節の恵みを活かした菓子から。
田んぼの畦(あぜ)で自家栽培した小豆(あずき)を、山の湧水を使い、炭火で炊いた餡(あん)。
草木の葉で包んだり、野生の木の実を合わせたり。
季節や天気に合わせて、その日その時だけの一期一会の菓子となる。
はじまりは集落の婆ちゃんに授かった小豆と知恵。
「ネムノキの花が咲く頃に三粒ずつ蒔け。一粒目は虫がかじっても、二粒目は鳥がついばんでも、三粒目は人の口に入るように」
とおまじない。
「人も自然の一部」として暮らす姿は、慎ましく、たくましい。
小豆は、祭りのあんこ餅はもちろん、葬式の赤飯にも使う。
人生の節目に、貯えた一番良いもので「ごっつぉ」するのが能登の習わし。
都会育ちの私は、ひと口食べたら鼻腔に抜ける小豆の香りとコクのある旨味に打たれあんこの虜に。
気がつけば、種を蒔き、鞘(さや)を手摘み、ムシロに広げ天日干し、虫食いを手選りして、デザイナーから和菓子屋になっていた。
地震前は「小豆の栽培から菓子になるまでを、丸ごと味わっていただけたら」とイベントを催していた。
一つは工房で菓子の材料や道具を紹介しながら、ライブで作りたてを味わう「after noon tea」。
二つ目は、里山を歩きながら使っている植物を探し、畦に腰かけ季節の菓子を楽しむ「nogashi trail」。
しばらくは、通販サイトから「旅する」菓子を送り出せればと思案中。
山裂け、海突き上がり失せたものは数知れない。
それでもきっと春が来れば、しなやかに、したたかに芽吹くことだろう。
「なつかしいのに、あたらしい」能登が。
文・写真/荻のゆき