今回の“会いに行きたい!”
社長の井口智裕さん
六日町温泉 ryugon(新潟県南魚沼市)
豪雪に耐えうる骨太で重厚な佇まい。『ryugon』は新潟・六日町にあった築200年の庄屋屋敷や豪農の館をアップデートした「雪国」をテーマにした宿だ。館内には藁を編んで作った蓑やかんじき、雪をモチーフにしたアートが飾られている。
「雪国」と「北国」は 全然違うもの
「ラウンジの白い囲炉裏は、未来の雪国文化をイメージしたもの。『雪国観光圏』の世界観にインスパイアされたフランス人が、あんな囲炉裏を自分の家に作るかもしれない。過去、現在、未来が混ざって、初めて文化の匂いがすると思うんです」
こう話すのは、前の経営者から「温泉御宿 龍言」を引き継ぎ、新たな生命を吹き込んだ井口智裕さん。
「雪国観光圏」とは智裕さんが旗振り役となり、同じ志をもつ7市町村・12軒の宿が「雪国」をPRするために立ち上げた広域観光を推進する団体だ。
智裕さんは、父から引き継いだ越後湯沢駅の駅前旅館「湯沢ビューホテルいせん」を『越後湯澤HATAGO井仙』にリブランドして成功に導き、引き継ぐ人のいなかった「温泉御宿 龍言」を全面改装。2019年、『ryugon』としてリニューアルオープンした。
「『ryugon』は『雪国観光圏』のフラッグシップ旅館という位置づけで、一年を通じて『雪国』を体験できます」という智裕さん。
その言葉どおり、登録有形文化財の「幽鳥の間」の丸いクッションやフリースペースのかまくら形ソファ、雪解けをイメージしたテーブルなど、館内のあちこちで「雪国」の雰囲気が感じられる。
「北海道や青森にも雪が降りますが、僕たちから見るとあちらは『北国』。しばれる地吹雪ツアーや凍み豆腐は氷点下の『北国』の文化で、まったく違うものです」と、智裕さん。
「湿った空気と丸い雪」によって生まれるこんもりと積もった雪景色や、チルドの文化が育む雪室での野菜保存など、氷点下にはならない「雪国」独特の文化がここにはある。
雪国の暮らしをいざ体験! 一番人気は「土間クッキング」
「そこに暮らす人の日常にふれる体験こそが宝」だと考え、『ryugon』に用意されたアクティビティーは50を超える。
e-Bikeで田園風景の中を走る「田んぼポタリング」や、冬の雪国の大変さを実感できる「雪かきウェイト」、雪景色の中で昼食を食べる「雪国ガストロノミー」など、いずれも自然や暮らしに密着したプログラム。
人気ナンバー1は「土間クッキング」だ。地元のおかあさんと一緒にかまどでご飯を炊き、魚沼の野菜でけんちん汁を作る。
「スペインのサン・セバスティアンに行ったときに、5つ星ホテルの地下で料理教室をやっていたんです。美食の町の高級ホテルに料理教室があるなんて素敵だなと。これは絶対やろうと思いましたね」と智裕さん。
海外の観光地に行くと、インスピレーションが湧いてくるから、新型コロナウイルスの感染拡大が収まった時期を見計らい、フランスやベトナム、台湾など、海外にも積極的に出かけている。
最近は「リトリート」(非日常的な場所で心身の回復をさせるための過ごし方)に注目していて、インドやスリランカで発展した伝統医療「アーユルヴェーダ」を体験しに、スリランカにも赴いた。
仕事の合間を縫って、一日5㎞は自転車を漕ぐ。もともとは肥満対策として始めたが、年に数回、トライアスロンの大会に出るまでに。
「泳いで、自転車に乗って、走る。トライアスロンって『旅』なんです。沿道から知らない子どもに『がんばって』と応援されたり、予測しないことに出合えるのが楽しいですね」
世界標準の宿に向けて種まき。ボランティア「さかとケ」も
アメリカに留学していた智裕さんだから、目線は常に外国から見た日本。「Ryokan(リョカン)」という日本特有の文化は海外のお客には伝わりづらい。
そこで、ワールドワイドに浸透する「エコロッジ」の概念を取り入れ、「エコロッジin雪国」としてアピールを始めた。旅館は自然エネルギーを活用するなどサステナビリティの要素が強く、エコロッジの発想と合致しているからだ。
現在のスタイルになって若いカップルや女性客が増えた。ノスタルジーを感じる田舎体験が刺さったことに加え、素泊まりや1泊朝食付きを設けたことで敷居が低くなったのだ。
さらに、おもしろい取り組みも始めた。長屋門の右にある蔵を4室のシングルルームに改装した「さかとケ」という名のドミトリーは、ボランティアの代わりに宿泊を提供するというもので、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(旅館の全国団体)の第26回「人に優しい地域の宿づくり賞」の会長賞を受賞した。
さかとケに宿泊したい人は、皿洗いなどの手伝いを5時間以上すればよい。お客さんとスタッフの関係性を超えて、仲間になれるというのも、人間関係の希薄な現代社会では貴重な体験だ。
「2023年1月から50人以上が宿泊しました。フリーのクリエイターなども参画しています」
従来の旅館にはない新しい仕組みづくりは、智裕さんの得意とするところ。この宿をハブとして、これからも新たな「雪国」を創出し続ける。
『ryugon』の詳細
/アクセス:JR上越線越後湯沢駅前のHATAGO井仙から車30分(送迎あり、要予約)
取材・文・撮影=野添ちかこ
『旅の手帖』2023年10月号より