私たちは、大峯山のおすそ分けで生きてきた

修験道の根本道場として大峯山が開山されたのは、約1300年前。龍泉寺には役行者が当時発見したとされる湧き水がいまも湧出する。

「湧出口の近くには八大龍王を祀っています。洞川の水が非常に豊かなのは『八大龍王様のおかげ』と信じている地元の方も多いんです」と住職の岡田悦雄さん。

河鹿(かじか)の滝は、山上川で唯一間近に滝が見られる場所。名水百選の一つ、ごろごろ水から東へ約100mの沢沿いにある。
河鹿(かじか)の滝は、山上川で唯一間近に滝が見られる場所。名水百選の一つ、ごろごろ水から東へ約100mの沢沿いにある。
ごろごろ水は、湧出口(写真)から少し下の有料駐車場に車を停め、ごろごろ茶屋で汲むのが一般的。
ごろごろ水は、湧出口(写真)から少し下の有料駐車場に車を停め、ごろごろ茶屋で汲むのが一般的。

洞川に温泉が湧出したのは昭和40~50 年代と最近。住職が子どもの頃は行者宿としての雰囲気が濃く、どろどろになった修験者が宿の縁側に座り、たらいで足を洗う風景をよく見かけたそう。

時代とともに一般観光客も増加したが、行者宿としての佇まいをよく残しているのが『花屋徳兵衛(とくべえ)』。17代目の花谷芳春さんいわく「縁側のあるロビーもアルミサッシにするか迷いましたが、あえてガラス戸のままにしました。大峯山のおすそ分けで生きてきた、という気持ちを大切にしています」。

温泉街周辺を歩けば、山岳信仰の香りがそこかしこに。宿の前には行者講から贈られた錫杖(しゃくじょう)風の記念碑が立ち、山上川(さんじょうがわ)沿いを歩けば役行者が行場として開いた洞窟・蟷螂(とうろう)の岩屋が厳かな空気を放つ。

京都の醍醐寺(だいごじ)・三宝院(さんぼういん)門跡が修験者を従え、大峯山中に花を供える伝統行事・花供入峯(はなくにゅうぶ)。6月上旬に開催される。
京都の醍醐寺(だいごじ)・三宝院(さんぼういん)門跡が修験者を従え、大峯山中に花を供える伝統行事・花供入峯(はなくにゅうぶ)。6月上旬に開催される。
面不動鍾乳洞の「銀糸(ぎんし)の窟(くつ)」。細くて中が空洞になっているストロー鍾乳管が見られる。
面不動鍾乳洞の「銀糸(ぎんし)の窟(くつ)」。細くて中が空洞になっているストロー鍾乳管が見られる。

一方で、温泉街には新しい施設も増えてきた。8年前にできた『シェアオフィス西友(にしとも)』では大阪府羽曳野(はびきの)市から来た男性が仕事中。

「ここは夏場も涼しいし、仕事がはかどる。土地のもってる力のせいか、集中できるんです」

定休日の木曜は「チャレンジキッチン」として、自分の店を開きたい人がトライアルで営業することも。実際に洞川で開業を実現した人もいるそう。

和漢胃腸薬の「陀羅尼助丸(だらにすけがん)」を扱う『銭谷小角堂(ぜにたにしょうかくどう)』の5代目・銭谷貴大さんは、2022年に『洞川温泉醸造所』を開業した。

「修験者たちの常備薬に端を発する陀羅尼助丸以外にも、洞川の名物を作りたかった。洞川にはビールを仕込むのに適したいい水もありますから」

さわやかな「山わらうエール」を飲み干し、ほろ酔い気分で再び温泉街へ。浴衣姿で歩く母娘がいたので話しかけると、なんとお母さんは青森から!

町で「洞川は呼ばれた人が来る場所」という話を聞いたけれど、その神力は、遠くみちのくまで届いていたとは。

立ち飲みが楽しい『洞川温泉醸造所』。
立ち飲みが楽しい『洞川温泉醸造所』。
面不動鍾乳洞の前から温泉街を見渡す。右に大峯山の稜線。
面不動鍾乳洞の前から温泉街を見渡す。右に大峯山の稜線。
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『花屋徳兵衛』現存する宿では洞川温泉最古

窓を開ければ、露天風呂気分を味わえる後鬼の湯。
窓を開ければ、露天風呂気分を味わえる後鬼の湯。
和牛の朴葉焼きやアユの塩焼き、天川村産のそうめん、名水豆腐などが並んだ夕食・徳兵衛会席の一例。
和牛の朴葉焼きやアユの塩焼き、天川村産のそうめん、名水豆腐などが並んだ夕食・徳兵衛会席の一例。
山から下りてきた修験者が土足のまま腰をかけ、足を洗った縁側。
山から下りてきた修験者が土足のまま腰をかけ、足を洗った縁側。
17代目の花谷芳春さん。
17代目の花谷芳春さん。

創業は約500年前。行者宿ならではの縁側や神棚を残しつつ、貸切風呂やJBLの高性能スピーカーを配置した談話室など現代のニーズに合った設備も。浴場は前鬼の湯と、半露天風呂の後鬼の湯があり、21~22時に男女を入れ替え。

☎0120-134-878
1泊2食1万6700円~。6室
アルカリ性単純温泉
奈良県天川村洞川217
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩6分

「龍泉寺」修験者はここで水行をし大峯山へ

龍の口から湧き出る水を湛えた第一水行場。奥が本堂。
龍の口から湧き出る水を湛えた第一水行場。奥が本堂。
「いまも岩の間から霊水が湧き続けています」と住職の岡田悦雄さん。
「いまも岩の間から霊水が湧き続けています」と住職の岡田悦雄さん。
八大龍王を祀る八大龍王堂。天井には狩野(かのう)派による龍図が描かれている。
八大龍王を祀る八大龍王堂。天井には狩野(かのう)派による龍図が描かれている。

1300年ほど前、役行者が岩から湧き出る水を発見。八大龍王を祀ったのが寺の始まりとされる。本堂前の霊水を湛えた池には水行場が設けられ、いまも大峯山に登る修験者は、ここで心身を浄めたのちに入山する。

☎0747-64-0001
8:00~17:00、無休。無料
奈良県天川村洞川49
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩10分

『洞川温泉ビジターセンター』2024年春の改装で内風呂も露天風呂も開放的に

男湯と女湯は左右対称でほぼ同じ造り。地元木材を使う薪ボイラーで湯を加温。
男湯と女湯は左右対称でほぼ同じ造り。地元木材を使う薪ボイラーで湯を加温。
天川村 ごろごろサイダー1本250円。
天川村 ごろごろサイダー1本250円。
内装は木材をふんだんに使用。右に休憩スペース、左前に特産品販売所がある。
内装は木材をふんだんに使用。右に休憩スペース、左前に特産品販売所がある。

2024年4月の改装で、もともとの日帰り温泉に加え、体験ツアーなども受け付ける観光案内所や特産品の販売所が増設された。お風呂自体もリニューアルされ、天井が高い大浴場には、男女ともに広々とした露天風呂を備える。

☎0747-64-0800
11:00~19:30受付(特産品販売所と観光案内所は~20:00〈土・日曜・祝日は10:00~20:00〉)、水休。800円
アルカリ性単純温泉
奈良県天川村13-1
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩6分

『洞川温泉醸造所』湯上がりはごろごろ水仕込みのビールを!

右から山ねむるエール、山わらうエール。ともにグラスハーフ600円、瓶800円。左は山したたるエール。グラスハーフ700円、瓶900円。
右から山ねむるエール、山わらうエール。ともにグラスハーフ600円、瓶800円。左は山したたるエール。グラスハーフ700円、瓶900円。
代表の銭谷貴大さん。
代表の銭谷貴大さん。
銭谷さんは「陀羅尼助丸」を販売する老舗の5代目。
銭谷さんは「陀羅尼助丸」を販売する老舗の5代目。

喫茶店を改装、2022年に開業。ごろごろ水で仕込む、春・夏・冬をテーマとした3種のビールを味わえる。夏の山したたるエールは地元産の洞川夏いちご、冬の山ねむるエールには陀羅尼助丸の材料であるキハダの実の部分を使用。

☎0747-64-0046
15:00~22:00(土・日曜・祝日は13:00〜)、木休(時期により変動あり)
奈良県天川村洞川226
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩7分

『シェアオフィス西友(にしとも)』旅先のちょい仕事、ちょい休憩に

洞川夏いちごソースと生クリームを使った葛粉のクレープと、洞川夏いちごミルク各600円。
洞川夏いちごソースと生クリームを使った葛粉のクレープと、洞川夏いちごミルク各600円。
一枚板のテーブルが存在感あり。本来シェアオフィスは2階だが、雰囲気が好きで、1階で作業する人も。
一枚板のテーブルが存在感あり。本来シェアオフィスは2階だが、雰囲気が好きで、1階で作業する人も。
『シェアオフィス西友』の前田薫さん。
『シェアオフィス西友』の前田薫さん。

移住定住の連携の場となるよう、旅館を改装してシェアオフィスに。その後、地元の人と観光客の交流が生まれるよう1階をカフェとして営業。洞川夏いちごを盛り込んだスイーツを味わえる。

☎0747-68-9051
10:30~17:00、火・木休。コワーキング1日500円
奈良県天川村洞川243-2
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩7分

『柿の葉すし かじか』名水で炊き上げた自慢のシャリをぜひ

イートインは鯖150円、鮭160円(各1個)。ほのかに柿の葉の香り。
イートインは鯖150円、鮭160円(各1個)。ほのかに柿の葉の香り。
藤井さんがすべて手作業で作る。「ワンオペなので、来店の際は事前にお電話ください」。
藤井さんがすべて手作業で作る。「ワンオペなので、来店の際は事前にお電話ください」。
ゴールデンレトリバーがお出迎え。
ゴールデンレトリバーがお出迎え。

洞川温泉出身で、むかしから郷土料理の朴の葉すしを作ってきた藤井あさみさんが2016年に開業。元寿司屋だった父のレシピを参考にした酢飯はやや甘めで、脂ののったサバと好相性。押し固めすぎない酢飯は口でほろりとほどける。

☎080-9308-0303
9:00~17:00(食事は11:00~16:00)、月・火休
奈良県天川村洞川356-2
近鉄吉野線下市口駅からバス1時間20分の洞川温泉下車、徒歩11分

取材・文・撮影=鈴木健太
『旅の手帖』2024年8月号より

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