南野陽子

みなみのようこ/1967年、兵庫県出身。1985年、18歳の誕生日に歌手デビュー。ドラマ『スケバン刑事Ⅱ 少女鉄仮面伝説』で主演を務め、注目を集める。以降、『楽園のDoor』『はいからさんが通る』『吐息でネット。』など、おなじみのヒット曲で80年代アイドル・シーンを席巻。その後はドラマや映画、舞台などで俳優としても存在感を発揮、幅広く活動している。
Facebook:https://www.facebook.com/nannoclub.three/?locale=ja_JP
Instagram:https://www.instagram.com/yokominamino__/?hl=ja

 

illust_4.svg

海も山も近い! 絵になる阪神間の風景

—— 兵庫県のご出身で伊丹市の大使をされていますね。

南野 デビューしたときに住んでいたのが伊丹市で、その縁で伊丹大使をさせていただいています。その後、実家は宝塚市へ。兵庫の思い出というと、お弁当を持って家族で六甲山や摩耶山にハイキングに行ったこと。神戸の学校に通っていたので、三宮にもよく遊びに行きました。
阪神間って海と山が近いから両方楽しめる、その贅沢さがいいんです。生活の中に絵があるというか。喫茶店に行くにしても、海と山、どちらを見ようかって選ぶ楽しみがあります。

—— 伊丹や神戸のおすすめスポットはありますか?

南野 いまは住んでいないから、ここ!というおすすめは難しいけど、関西って人との距離感が魅力。
例えば、お店の方にほかのおすすめの店を聞いたら「お好み焼き好きなんやったら、ここのお店もおいしい思うわー。私はこっちの店が好きやけどね」みたいに、おせっかいなくらいにいろいろ教えてくれるはず(笑)。
私は旅先で友だちができることが多いんですけど、伊丹や神戸は、友だちづくりにおすすめの場所かもしれません。

海から見た神戸港。メリケンパークやビル群など、市街地の後ろはすぐに山。海と山、両方が楽しめる(写真=KOBE TOURISM BUREAU)。
海から見た神戸港。メリケンパークやビル群など、市街地の後ろはすぐに山。海と山、両方が楽しめる(写真=KOBE TOURISM BUREAU)。

お米好きから始まった舞鶴との出会い

—— そんなお友だちつながりから、京都の舞鶴でお米づくりをするようになったとか?

南野 おいしいものを食べに行く仲間と「私たちこんなにお米が好きなら、つくってみたいね」という話になって、2021年から舞鶴市の内陸の室牛(むろじ)という地区に通うようになりました。
年に2~4回、田植えや稲刈りに行きます。田んぼは結構広いから、田植えには機械も使いますけど、小学生たちと手植えもしますよ。裸足で入ってギャーギャー言いながらね。 それでお昼になったら、地元のみなさんがおにぎりや唐揚げを持ってきてくれて。舞鶴は万願寺甘とうが名産で、それを焼いたものもおいしかった!
みんなでワイワイ言いながら過ごす時間がとっても楽しいです。そして、水も空気もきれいなところで穫れたお米の味は最高! 仲間の顔が浮かぶ特別な味ですね。

舞鶴というと、日本海側が思い浮かびがちだけど、室牛地区のような山間部も素敵なんです。
みなさんとても親切で、お米づくりのお礼に、一緒に活動する宗本康兵(むねもとこうへい)さんが作曲し、私が歌詞を書いた『飛揚―Hiyoh― ~再会の似合うまち舞鶴~』をプレゼントしました。そうしたら、2024年4月から夕方6時(10~3月は夕方5時)の時報として、曲を流してくれているんですよ。

舞鶴で、地元の小学生たちと一緒に田植えをする南野さん。田んぼにはにぎやかな声が響く。
舞鶴で、地元の小学生たちと一緒に田植えをする南野さん。田んぼにはにぎやかな声が響く。
焼くだけでおいしい、万願寺甘とう。肉厚でタネが少なく、唐辛子なのに甘い。
焼くだけでおいしい、万願寺甘とう。肉厚でタネが少なく、唐辛子なのに甘い。

—— そんな展開に! 周りを巻き込んで、楽しいことに発展させる南野さんのパワーを感じます。

南野 巻き込む! そうかも。私、一回会っただけで友だちみたいな距離感になっちゃう。もちろん、人によっては嫌な人もいるだろうから善し悪しですけどね。
2023年に、カンボジアの親善大使になったのもそんな“巻き込み力”のおかげかもしれません。1989年に『24時間テレビ』の企画でカンボジアを訪問し、内戦の爪痕が残るなか、孤児院の子どもたちと交流しました。
数日間だけど、あっちむいてホイで遊んだりして仲よくなって。その後、どうしているか気になっていたので、外務省から親善大使の話をいただき、35年ぶりくらいに当時交流した人たちと再会できたことが本当にうれしかったです。
お願いごとって、忘れたらというか、ちょっと横に置いたときに叶う気がします。執着しているときはダメ。忘れたくらいがいいのかもって思うんです。

実は運動が苦手!? だけど登山にも挑戦中!

—— 2022年から、BS朝日の『そこに山があるから』に出演されていますね。

南野 周りから「本当に山に行ったの!?」って言われるくらい、運動が苦手(笑)。でも、だからこそ歩くくらいは続けなくちゃと、三十代くらいから自然の中を歩くようにしてきました。春や秋にハイキングする程度ですけどね。そうしたらこの話をいただいて。まずは低山から挑戦しています。

——印象的だった山は?

南野 新潟と長野の県境にある戸倉山です。花や鳥も多くて図鑑みたい。真っ赤なタマゴタケというキノコを見て「怖っ!」と思うと同時に、テンションが上がっちゃいました。冬は赤い実の植物が多いことも知り、夏や冬の山もいいなって。日本には知らない世界がまだいっぱいあるなと感じます。

——南野さんでも?

南野 全都道府県に行ったことがありますが、忙しくてコンサート会場の風景しか覚えていない。おいしいものを食べに行く時間がなくて、ホテルでお弁当でしたから。
三十代頃からかな、仕事で地方に行くと朝、町歩きをするように。そうして各地の魅力を知るうち、富山が好きすぎて地元局の番組に出演したり、テニスの大会のアンバサダーで石川県七尾市を毎年訪れたりするようにもなりました。

戸倉山は、エメラルドグリーンのしろ池(写真上)も心に残ったという南野さん。鮮やかな赤が目を引くタマゴタケにもびっくり(写真=PIXTA)。
戸倉山は、エメラルドグリーンのしろ池(写真上)も心に残ったという南野さん。鮮やかな赤が目を引くタマゴタケにもびっくり(写真=PIXTA)。

アイドル時代はどうだった?

——気になるアイドル時代のことも聞かせてください。

南野 忙しかったけど、ストレスはなかったかな。でも、当時から巻き込み型でした。スタッフが遊び相手で、いたずらばっかりしてましたね。お弁当を開けたら「はずれ」「凶」と書いた紙が入ってたり(笑)。
スタッフの出身大学の学食に行ったりもしました。それ自体は遊びなんだけど、そこから仕事につながるアイデアも生まれていたような気がします。

——アイデアといえば、衣装もご自身でデザインしていたとか。

南野 レコーディングの合間に曲に合わせた衣装の絵を描いていて、6枚目のシングル『楽園のDoor』から自分でデザインした衣装で歌うようになりました。
当時は歌番組が多かったから、続けて出演するとなると、ベルトの色を変えようとか丈を変えようとか工夫して。タタターッてミシンで縫ったりね。

——すごい! 南野さんが?

南野 はい。リボンを手で縫ったりもしましたよ。お裁縫が好きというよりも、こんなふうにしたら、もっとよくなるというアイデアを出すのが好きだったかな。手を動かすのもいい息抜きでしたね。

——まさに、セルフプロデュース!

南野 でもね、だから若いときは「生意気」って言われたんじゃないかな。できないことはできないって言いましたし。でも代わりの案も出しました。その時間、ページは絶対埋めないといけないですから。そのやりとりで去っていく人はいたけど、残る人はいまだにお仕事させていただいています。

無理難題に挑戦した人気ラジオ番組

—— そんな南野さんの人柄が出ていたのが、ラジオ番組『南野陽子 ナンノこれしきっ!』ですね。

南野 いやー、自分では怖くていまだに聞けない!
歌もお芝居もトークも、私にはちゃんとできることが何一つないと思っていて。だから一生懸命、もがきながらでも何でもやる!って決めていました。お題も無理難題で……。
タクシーの運転手さんと番組を作れとか、英語でやれとか、むちゃくちゃ。台本もなくて、ペラペラの紙にタイトルとコーナー名だけ。あとは空白で最後に「さよなら~」しか書いてないの(笑)。
でもそうやって苦しんだ分だけ、いまも「聴いてたよ」って声をかけてもらえるんだと思います。簡単に楽にできたものって、結局は残らないから。自分はそうやってつくられてきた気がしますね。

——最後に、これから行ってみたい旅先のお話も。

南野 北海道をぐるりしてみたいな。あと四国も。四国は行かない訳ではないけれど、行きづらいの。だってスケバン刑事をはじめ、いくつか土佐弁の役を演じましたが、勉強しきれなくて関西弁に「ぜよ」「やき」と付けただけになってしまい、申し訳なくて……。

——そんな思いだったとは!

南野 だから四国に行くときはひっそり。二十代の頃、香川のうどんのことを書いた村上春樹さんのコラムが雑誌に載っていて。店名は「中村うどん」だけど、場所はわからず、田んぼの真ん中にある「ディープ中最ディープのうどん屋」と書いてありました。
気になって、休日に飛行機に乗っちゃって。タクシーの運転手さんや小学生に聞いて辿り着いたのが、畑の中の小屋みたいなお店。自分でうどんを湯切りして、ネギを畑から採って刻むんです。外にイスを置き、コラムのイラストにも描かれていた讃岐(さぬき)富士を見ながら食べました。おいしかったな。

ふと見つけた情報を基に、探検するような旅が好きなんです。行き先を決めずバスに乗って町中華、なんて旅もね。ラジオも行き当たりばったりでしたけど、行き当たりばったりな旅、いいですよ!

illust_4.svg

聞き手=岡崎彩子 撮影=平岩 亨
『旅の手帖』2024年8月号より

ヘアメイク=室岡洋希 スタイリング=阪本幸惠
衣装協力:ノースリーブワンピース¥121,000 ジャケット¥102,300(ランバン コレクション/☎0120-370-877)、イヤリング¥396,000、ペンダント¥451,000、リング指先から上¥258,500、中¥412,500、下¥495,000(デビアス フォーエバーマーク/☎03-6261-5080)