誰もいなかった山を人いっぱい、花いっぱいの地に
京都の中心部から車で約1時間の場所にある京北地域。静かなこの里で山を切り拓き、桜を植える取り組みを始めたのが宝泉寺の住職・尾池文章さんだ。
「地元の方から、寺やこの地域に役立ててほしいと寺の裏山を寄付され、2018年から桜を植え始めました。もともと境内には樹齢50年のしだれ桜があり春には花見に訪れる人もいたので、人口減少が続き限界集落も増えている京北に足を運ぶきっかけとなり、もっと花を楽しめる場所にできたらと考えました」と尾池さん。
花宝苑と名づけたのは、花々を宝として大切に育てていきたいという思いから。また、花が好きだった先代の父の思いも受け継ぎ、桜の植栽に挑戦したという。
地域の人たちと守る多種多様な桜
尾池さんは杉と檜で占められていた4haの広大な山林を整備し、最初の年に160本のセンダイヤを植えていった。山桜の一種であるセンダイヤは、この土地の環境にふさわしいという専門家の助言を受けて選んだそうだ。
「桜を植えてすぐ、鹿の被害に苦しみました。芽や葉を食べられて枝を折られて……小さい桜の木は幹からやられたものもありましたね。フェンスやネットを設置して対策しました。いま一番大変なのは雑草取りですが、地域のみなさんが力を貸してくれるので助かっています」。
剪定など基本的な日々の作業は尾池さんが一人で行うが、周囲の協力も欠かせないという。
桜は毎年少しずつ本数を増やし、現在は230本ほど。日本随一だというセンダイヤの群生に加え、八重桜の一葉(いちよう)・舞姫、以前からある八重紅しだれ桜の観音桜、平安しだれ桜、仁和寺(にんなじ)から移植された御室桜(おむろざくら)なども山を美しく彩る。
「桜の苗木や幼木は数年で倍の高さほど大きく成長するものもあり、年々見ごたえが増しています。斜面に植えているので桜を見上げる感じになり、多くの人が見た瞬間に『わぁー』と歓声を上げてくれるのがうれしいですね」と口元がほころぶ。
桜は徐々に評判となり、いまでは関西だけでなく関東から訪れる人もいるほどだ。
一年を通して四季を彩る山に
尾池さんは現在、桜以外の植栽にも取り組んでいる。これまでになんと1万5000株のアジサイ、500本のイロハモミジを植え、四季を彩る山となった。
「春の桜に留まらず、初夏にはアジサイ、秋には紅葉と、四季のなかで花宝苑を楽しんでもえたら。いずれもまだ植物が若いので、毎年の成長も楽しみながら来てほしいですね」
また尾池さんはこれまでマルシェやジャズコンサートを開催するなど、積極的にこの場所を活用。京北への人の流れを生み出そうと励んでいる。
「京北には目立つ名所はありません。でも例えば桜だと、常照皇寺(じょうしょうこうじ)など地域で親しまれている場所はたくさんあるので、めぐってみるのもいいでしょう。京北の桜は洛中の桜が散った4月10日前後に見頃を迎えるので、桜を見逃した方にもおすすめです」
派手さはなくても、のどかな山里に咲く桜の風情は心を打つものがある。京北に多くの人が訪れて、これからさらに美しく成長する花宝苑の植物をみんなで見守っていきたい。
宝泉寺 花宝苑の詳細
宝泉寺 花宝苑
【☎】075-852-0407
【時間】9:00~17:00
【休】無休
【料金】無料
【住所】京都府京都市右京区京北下熊田町東旦15
【アクセス】東海道新幹線京都駅からバス1時間25分の周山下車、車8分(花宝苑開園時期のみ送迎あり、要電話予約)
※花宝苑は、桜やアジサイ、紅葉など開花時期のみ期間限定で開園。春の開園は2024年は4月6~14日、開花状況によって変動あり
取材・文・撮影(人物)=桑野詠子 写真=宝泉寺
『旅の手帖』2024年3月号より