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松江と出雲を結ぶ一畑電車が島根の地に敷かれたのは、100年以上前。全長約42㎞、山陰唯一のローカル私鉄は、長くこの地の人と時間を運んできた。一畑薬師への参詣鉄道だったこの電車を、人々は親しみを込めて「ばたでん」と呼ぶ。

全線開通は昭和5年(1930)。生活路線であり、観光客の足でもあるこの電車の全駅に、自動改札機は設置されていない。せっかくならと、全区間乗降自由の1日フリー乗車券を購入。

改札では、駅員がリズミカルに鋏できっぷを切る音がカチカチと響く。無人駅から乗車した場合は、降車時に現金精算する。そのささやかなやりとりに、ばたでんのあり方がにじんでいる気がする。

【松江しんじ湖温泉駅】絶景レイクビューの老舗喫茶店『珈琲館 湖北店』

窓際の席から見える宍道湖の夕景。朝にはシジミ漁の光景が。
窓際の席から見える宍道湖の夕景。朝にはシジミ漁の光景が。
クレープシュゼット1150円、珈琲館ブレンド600円。
クレープシュゼット1150円、珈琲館ブレンド600円。
10代で出会ったこの店が自身の原点。「気候のよい日はテラス席もおすすめです」と店長の長野延喜(のぶよし)さん。
10代で出会ったこの店が自身の原点。「気候のよい日はテラス席もおすすめです」と店長の長野延喜(のぶよし)さん。

昭和47年(1972)創業。レンガ造りの建物、クラシックな内装、そしてメニューに至るまで、ほぼ創業当時のまま。自慢のコーヒーは自家焙煎、ネルドリップで丁寧に抽出する。モーニングや軽食をはじめ、デザートも楽しめる。

☎0852-36-8968
9:00~17:00、無休
島根県松江市浜佐田町1044-1
松江しんじ湖温泉駅から車3分

駅前で気軽に足湯! ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉の湯が湧く。無料で利用可能。●松江しんじ湖温泉駅下車すぐ。
駅前で気軽に足湯! ナトリウム・カルシウム-硫酸塩・塩化物泉の湯が湧く。無料で利用可能。●松江しんじ湖温泉駅下車すぐ。
昭和3年(1928)に開設の秋鹿町(あいかまち)駅。目の前は宍道湖、天気がよければ大山(だいせん)や三瓶山(さんべさん)が望めることも。
昭和3年(1928)に開設の秋鹿町(あいかまち)駅。目の前は宍道湖、天気がよければ大山(だいせん)や三瓶山(さんべさん)が望めることも。
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松江側は宍道湖の水面とともに走る。沿線には途中下車したくなる立ち寄り先も点在。

その一つが『松江フォーゲルパーク』だ。色鮮やかな鳥たちがすぐそばまで舞い降りてくる。かぶりつきバナナ体験で、あっという間に鳥に囲まれる。肩にも腕にも鳥、鳥、鳥! 思わず笑ってしまうほどの距離感だ。

【松江フォーゲルパーク駅】花と鳥に包まれる湖畔の楽園『松江フォーゲルパーク』

パラダイスホールでのかぶりつきバナナ体験は、平日のみ開催。1回300円、バナナがなくなり次第終了。
パラダイスホールでのかぶりつきバナナ体験は、平日のみ開催。1回300円、バナナがなくなり次第終了。
営業企画課の山田篤さん。「いま話題のハシビロコウにも、会いに来てね!」。
営業企画課の山田篤さん。「いま話題のハシビロコウにも、会いに来てね!」。

国内最大級の花の大温室にベゴニアをはじめ、約1500品種の花々が。鳥の温室では約90種400羽の鳥に出合え、ペンギンの散歩、フクロウショーなどイベントやふれあい体験も。展望台からは宍道湖のパノラマを望める。

☎0852-88-9800
9:00~16:15受付(4月からは16:00受付)
無休(冬期は休園日あり)
1650円(4月から1750円)
島根県松江市大垣町52
松江フォーゲルパーク駅下車すぐ

文豪・小泉八雲ゆかりの地と珍しいスイッチバックを見学

一畑口駅のスイッチバック。
一畑口駅のスイッチバック。
かつては一畑薬師への参詣鉄道として、一畑口駅(写真)から3.3km先の一畑駅まで続いていた。太平洋戦争末期に不要不急として休止に。
かつては一畑薬師への参詣鉄道として、一畑口駅(写真)から3.3km先の一畑駅まで続いていた。太平洋戦争末期に不要不急として休止に。

さらに、全国でも珍しい平地のスイッチバック式による発着を見るため、一畑口駅で下車する。

電車が到着すると、運転士が前から後ろの車両へ移動。それまで最後尾だった車両が先頭となり、向きが逆になる。「発車しますよ。乗りますか?」と声をかけられた。乗客と思われたのだろう、その心遣いに「当たり前を支えるのが、私たちの一番の仕事です」と語ってくれた一畑電車の宅野康平さんの言葉が蘇る。

その足で一畑薬師へ向かう。明治の文豪・小泉八雲が滞在先旅館の女中の目の回復を願い、詣でたという寺だ。

【一畑口駅】平安時代から続く祈りの古刹「一畑薬師」

標高200mの山上に立つ本堂。
標高200mの山上に立つ本堂。
お茶湯(ちゃとう)場でお薬師様にお茶をかけて参拝する。
お茶湯(ちゃとう)場でお薬師様にお茶をかけて参拝する。

目のお薬師様として知られる薬師信仰の総本山。1100年余の歴史を誇り、子どもの無事成長の仏様としても親しまれる。境内や周辺で育てた茶葉を山の水で煎じたお茶湯は、古くから瞼につけると眼病にご利益があると信じられてきた。

☎0853-67-0111
境内自由(寺務所は8:30~17:00)
島根県出雲市小境町803
一畑口駅から車5分

お参りのあとはお茶湯を。
お参りのあとはお茶湯を。
お茶湯を持ち帰る徳利 2000円。護摩の灰を用いた出雲本宮焼。
お茶湯を持ち帰る徳利 2000円。護摩の灰を用いた出雲本宮焼。
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【雲州平田駅】運転席に座って体験運転に挑戦

幼少期から親しんできたばたでんで、多様な業務を担いながら、運転士としても活躍する宅野康平さん。後方は日本最古級のデハニ50形。現在は体験運転専用線を往復している。
幼少期から親しんできたばたでんで、多様な業務を担いながら、運転士としても活躍する宅野康平さん。後方は日本最古級のデハニ50形。現在は体験運転専用線を往復している。
昭和4年(1929)製造、約80年間の現役運転を終えたデハニ50形の運転席。体験運転(要予約)は、雲州平田駅構内にある約120mの専用線を2往復できる。初回1万2000円。
昭和4年(1929)製造、約80年間の現役運転を終えたデハニ50形の運転席。体験運転(要予約)は、雲州平田駅構内にある約120mの専用線を2往復できる。初回1万2000円。
デハニ50形内部。
デハニ50形内部。
デハニ50形の吊り革に残る一畑百貨店の広告。
デハニ50形の吊り革に残る一畑百貨店の広告。
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綿花の集積地として栄えた木綿(もめん)街道。およそ30軒の町家が残る。●雲州平田駅から徒歩10分。
綿花の集積地として栄えた木綿(もめん)街道。およそ30軒の町家が残る。●雲州平田駅から徒歩10分。

【雲州平田駅】300年の甘味をいまに伝える生姜糖専門店『來間屋(くるまや)生姜糖本舗』

ひとくち糖三色セット30個・箱入り1437円。
ひとくち糖三色セット30個・箱入り1437円。
江戸時代末期から続くという箱のデザインにも注目。
江戸時代末期から続くという箱のデザインにも注目。
「歴史情緒あふれる木綿街道の散策もぜひ」と11代目当主の來間久さん。
「歴史情緒あふれる木綿街道の散策もぜひ」と11代目当主の來間久さん。

正徳5年(1715)創業、生姜糖の元祖。初代が日もちする茶菓子として考案したのが始まり。出雲特産の出西(しゅっさい)生姜と砂糖のみを原料に、江戸時代から続く製法を守り、炭火で丁寧に仕上げる手作りの懐かしい味わいが人気。

☎0853-62-2115
9:00~19:00、不定休
島根県出雲市平田町774
雲州平田駅から徒歩10分

【雲州平田駅】中井貴一さんも通った! 町に息づく愛されパン『古川製パン店』

約70年前、2代目が考案した名物のメロンパン178円。オリジナルのバタークリーム入り。
約70年前、2代目が考案した名物のメロンパン178円。オリジナルのバタークリーム入り。
約50種類のパンがずらり。
約50種類のパンがずらり。

約90年続くパン屋さん。現在は3代目の古川祐治さん・陽子さん夫妻が店を切り盛りする。一畑電車を舞台にした映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の撮影時に、主演の中井貴一さんが足繁く通ったことも有名。

☎0853-62-2279
12:00~18:30、水・日休
島根県出雲市平田町寺町2185-9
雲州平田駅から徒歩2分

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川跡駅で乗り換え、出雲大社方面へ。雲州平田駅周辺で購入したパンを頬張り、生姜糖のやさしい甘さを味わう。

参道を電車が横切る粟津稲生(あわづいなり)神社。
参道を電車が横切る粟津稲生(あわづいなり)神社。
出雲大社前駅。
出雲大社前駅。

車窓に続く田園風景を眺め、出雲大社前駅で降りても、旅はまだ終わらない。歩いて旧大社駅へ。

1990年、JR大社線の廃止とともに役目を終えた駅舎は、保存修理工事を経て、2026年4月に再び扉が開く。威厳ある佇まいの内部では、悠久の時間を感じとれるだろう。

大正13年(1924)に建築された旧大社駅。
大正13年(1924)に建築された旧大社駅。
内部は昭和初期の姿に復原。全国に3件しかない、重要文化財の駅舎だ。●出雲大社前駅から徒歩10分。
内部は昭和初期の姿に復原。全国に3件しかない、重要文化財の駅舎だ。●出雲大社前駅から徒歩10分。

春になれば、沿線には桜や菜の花が咲くという。なかでも伊野灘駅の桜は格別だと聞いた。効率や速さが求められる時代にあって、一畑電車は急がず、島根の風景とともに進む。花の季節に、また揺られたい。

宍道湖のきらめきと桜に包まれる春の風景。湖遊館新駅〜園間(写真=一畑電車)。
宍道湖のきらめきと桜に包まれる春の風景。湖遊館新駅〜園間(写真=一畑電車)。
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取材・文=大須賀あい
撮影(粟津稲生神社を除く)=中野一行
『旅の手帖』2026年4月号より