佐藤正樹(さとう まさき)

1960年、札幌市生まれ。鉄道・旅行系雑誌に寄稿しつつ“撮れるライター”を標榜。著書に『グリーン車の不思議』『東京~札幌 鉄タビ変遷記』(ともに交通新聞社新書)など。

SLの復活で毎週のように通い詰めたあの頃

国鉄時代の留萌本線(『大時刻表』1985年3月号より)。かつて留萌(当時は留萠)駅は、羽幌(はぼろ)線も接続した鉄道の要衝だった。
国鉄時代の留萌本線(『大時刻表』1985年3月号より)。かつて留萌(当時は留萠)駅は、羽幌(はぼろ)線も接続した鉄道の要衝だった。

2026年3月31日がラストランとなる留萌本線。現在は深川市の深川駅と沼田町の石狩沼田駅を結んでいるが、もともとは石狩炭田で採掘された石炭を留萌へ搬出するために建設された深川~留萌~増毛(ましけ)間の路線だった。

平野から峠を抜け海沿いへ向かう車窓は変化に富み、「今は山中今は浜」で知られる童謡『汽車』を地で行くような雰囲気。日本海を望む瀬越駅やレールが参道を跨いでいる阿分(あふん)~信砂(のぶしゃ)間の神社は、廃止後の現在も忘れられない光景だ。

そんな留萌本線へはよく足を運んだ。札幌から遠くも近くもない微妙な位置にあり、そこそこ楽に日帰りができたこともあるが、大きなきっかけとなったのはSL復活と朝の連続テレビ小説『すずらん』ブームだった。

1998年12月に『すずらん』のロケで、栃木県に本社がある真岡鐵道のSL、C12形66号機が入線したのだ。

北海道では、昭和50年(1975)12月にSLの定期旅客列車としての運転が終了。その後、函館本線で臨時快速列車として「C62ニセコ号」が走っていたが、これも1995年11月に運転が終了した。

以来、もう北海道でSLが走ることはないだろうと思っていただけに、3年ぶりに起きた突然のリバイバルは青天の霹靂(へきれき)だった。

1999年5月には現在も釧網(せんもう)本線の「SL冬の湿原号」で活躍するC11形171号が、深川~留萌間を走る「SLすずらん号」で復活。『すずらん』の放送も同年4月に始まり、沿線は『すずらん』ブーム一色に。その原動力となったのがJR北海道で、強力に『すずらん』ブームを後押しした。

1999年にはC11形171号がロケに使われた。旧型客車はロケ時だけに見られた。
1999年にはC11形171号がロケに使われた。旧型客車はロケ時だけに見られた。

SL復活の前後には、無理をして購入した200万画素のデジタルカメラを手に、残雪が目立つ早春の留萌本線へ試運転を含め毎週のように通い詰めた。

試運転の時は青かった客車が、営業運転では突然、ぶどう色と赤帯のレトロな姿になった時は驚いたが、青い客車で走る姿は通い詰めた者にしか撮れない貴重な写真となり、ちょっとした自慢になった。

「SLすずらん号」は結果的に2006年9月まで運転されたが、SLが走っていた8年足らずが平成における留萌本線最大の盛り上がりだったのかもしれない。

ちなみにドラマ『すずらん』では、恵比島(えびしま)駅周辺に架空の駅である「明日萌(あしもい)駅」などのセットが組まれ、ロケが行われた。

大正末期をイメージしたセットは、現在も沼田町に残されている。ロケ中は主演の常盤萌(ときわもえ)役を務めた遠野なぎこ(当時は遠野凪子)さんや、駅長役の橋爪功さんがそろって記念撮影に応じるシーンも見かけたが、残念ながら遠野さんは2025年7月に亡くなられてしまった。

留萌本線にゆかりのある俳優が廃止を目前に控えてこの世を去ってしまったことに、消えゆく留萌本線と運命をともにしたような寂しさを感じた。

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「夜高あんどん祭り」で見せた、全線廃止前最後の輝き

『すずらん』ブームが去り、SL運転が終わった2000年代後半になると、留萌本線は再び“普通のローカル線”に戻ってしまった。

ブーム当時は安泰と思われた留萌本線だったが、2016年12月には留萌~増毛間が、2023年4月には石狩沼田~留萌間が廃止。「本線」を名乗るJR線で最も短い路線になってしまった。

「今は山中今は浜」も、山や浜がなくなり、平野を抜けるだけに。もちろんSLもなくなった。しかし、輝きはまだ残っていた。それが「夜高(ようたか)あんどん祭り」だ。

毎年8月下旬に、留萌本線終点の石狩沼田駅を中心に開催されているこの祭り。江戸時代の承応2年(1653)、伊勢神宮へ向かう還宮の行列が北陸の倶利伽羅(くりから)峠に差しかかったところで日暮れを迎え、進めなくなったところに、地元の村民があんどんを持って奉迎したことが起源といわれている。

あんどんは現在の富山県小矢部(おやべ)市で「津沢夜高あんどん祭」に発展し、昭和52年(1977)には沼田町の開拓者・沼田喜三郎が小矢部市の出身であることが縁で祭りが伝承された。

以来、半世紀近く、沼田町の夏の風物詩として続けられている。沼田町の夜高あんどんは「津沢夜高あんどん祭」に倣った、あんどん同士がぶつかりあう「喧嘩あんどん」が目玉で、JRの臨時列車やバスツアーがやってくるほど、北海道では根強い人気がある。

そんな「夜高あんどん祭り」で、15年ほど前からあるシーンに注目していた。石狩沼田駅手前の踏切で、夕方の下り列車1本だけがあんどんと交錯するのだ。

ラストチャンスに賭けた、留萌本線と夜高あんどんのツーショット。
ラストチャンスに賭けた、留萌本線と夜高あんどんのツーショット。

祭りは毎年続けられるが、この珍しいシーンは2025年が最後。ラストチャンスとばかりに沼田町へ向かった。あんどんは夕方17時過ぎに踏切がある国道275号に集まり、本番前のお披露目が始まる。

列車が踏切に差しかかるのは18時25分頃で、撮るチャンスはこの時だけ。見物客が大勢行き交うなかで、あんどんを手前にうまく列車を取り込めるのかやきもきしつつ、27年前に復活したSLを撮りにワンチャンスに賭けた記憶が蘇ったりもした。

その後、闇に浮かぶ「石狩沼田」の駅名看板を見ながら、6000枚の和紙で造られた7mもの高さを誇る大型あんどんの群れを楽しんだ。

廃止はまだ7カ月先。別れを告げるには少し早かったが、留萌本線にとってはこれ以上もない最後の輝きで、幸運なフィナーレのようにも思えた。

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文・撮影=佐藤正樹
『旅の手帖』2026年4月号より