菅野美穂
かんの みほ/1977年、埼玉県出身。1993年にドラマ『ツインズ教師』で俳優デビュー。1995年、連続テレビ小説『走らんか!』のヒロインに抜擢され、一躍注目を集める。ドラマ『イグアナの娘』『君の手がささやいている』などで、人気俳優としての地位を確立。以降、話題作に次々と出演。近年は映画『明日の食卓』『ディア・ファミリー』など母親役も多い。
オフィシャルサイト:https://www.ken-on.co.jp/kanno/
覚悟をもって臨んだ難病を患う母の役
映画『90メートル』で菅野さんが演じるのは、難病を患うシングルマザーの美咲。
一人息子の佑(たすく/山時聡真〈さんときそうま〉)は、高校2年のときに母の世話を優先せざるを得なくなり、小学生から続けてきたバスケットボールをやめ、ヘルパーの力を借りながら、料理や洗濯などの家事やトイレの介助を担う日々。
高校3年になった佑は東京の大学への進学を考えるが、大切な母のことを想うと言い出せず——。
——脚本を読まれた感想は?
菅野 母を想う子と、子を想う母。2人を取り巻く厳しい現実がありますが、見つめる目線のやさしさを感じるのは、中川監督の人柄だと思いました。
病気を患う美咲を演じるにあたって覚悟が必要でしたが、自分ができるまじめな向き合い方をして、現場に出て行くしかないと心を決めました。お話をいただけたことが光栄でした。
——中川駿監督のオリジナル脚本で、お母さまを介護した経験も盛り込まれているそうですね。
菅野 そうなんです。でも、監督から役作りなどの具体的な指示はあまりなかった気がします。ご自身の思い入れがある設定にもかかわらず、少し引いて任せてくださったことに感謝しています。
監督がおっしゃっていたことで印象的だったのが、美咲が佑にかける言葉を「ありがとう」ではなく「さんきゅー」にしていること。
感謝の気持ちだけじゃなくて、申し訳なさ、できていたことができなくなっていくもどかしさもある。だから「さんきゅー」にしたと。監督の経験から導き出された言葉で、心に響きました。
——難病を患う役柄を演じるにあたって、いろいろ勉強されたのだろうなと感じました。
菅野 病気のことを学ぶなかで、できなくなっていくことに向き合うのは本当に苦しいことだと思いました。映像や資料で勉強しながらも、役作りのためだけに知識を得て、知ったような顔で演じていいのだろうかとも考えるようになって。
自分なりにまじめに向き合おうという気持ちと、土足で踏み込まないようにという気持ちの両方がありました。当事者の方がご覧になるときに、失礼にならないようにという思いでした。
——そんな状況でも美咲は明るく、ポジティブでしたね。
菅野 病気のことを知るほど胸が詰まるのですが、ドキュメンタリーを何本か拝見していると、病気と向き合ったからこそ感じられる人生の素晴らしさを笑顔で語ってくださる方がいらして。美咲もそういう人だと感じました。
人は死を意識したとき、自分の中のきれいなだけではないエゴの部分にも向き合わなければならないのが本当に大変だと思いますが、美咲は強い。
私はというと、恵まれた状況で育児をしながら、小さなことでも怒ってしまって……。美咲のすごさを実感しました。
——同じ母として、役を通じての気づきはありましたか?
菅野 日常のことなので、当たり前だと思いがちですが、子どもと食事ができるって幸せなんだなって。佑とカレーを食べるシーンでそれを感じました。
普段、子どもと食事をしているときは、しょっちゅう怒っていますけど(笑)。 あとで振り返ると大切な、いい時間なんだなって思います。
むかし、ドラマ『坂の上の雲』(NHK)に正岡子規の妹・律の役で出演させていただいたときに、「家族で食卓を囲む以上の幸せはない」という主旨の子規のセリフがあって、そのときから自分の中にその言葉がずっと残っていたんです。今回の役で、それを改めて感じました。
ぐっときたのは、佑と美咲が向き合う場面
——印象的だった場面は?
菅野 佑が東京の大学に行きたいけれど、お母さんにずっと言えない。その想いを美咲が受け止めるシーンです。その場面に対する山時さんの真摯な向き合い方に胸を打たれつつ、互いを想う美咲と佑のやりとりにもぐっときました。
やさしく、たおやかな美咲ですが、そこに至るにはきっと彼女なりの葛藤や悩む時間があったことも感じられて。
私は美咲みたいな母になれないな……と思う一方で、育児はみんな初めてだったり、2回目、3回目だったり。わからないことも多くて、みんなトライアンドエラーで向き合っているのだなとも考えたりしました。
——佑を演じるのが、宮﨑駿監督のアニメ映画『君たちはどう生きるか』で主人公の声を演じた山時聡真さん。初共演の印象は?
菅野 山時さんは撮影当時、まだ19歳で、学校に通いながら俳優活動をされていました。まじめな姿勢が佑にもつながっていて、大人になっていく時期にご一緒できたことは、演じ手としてとても貴重な機会でした。
この作品で山時さんをはじめ、若い世代のみなさんのパワーをいただいています。中川監督も30代ですし、主題歌を担当されている大森元貴さんも20代。
いまは一滴の“毒”がある作品のほうが幅広く届く時代ですが、3人ともフィンランドの湖くらい見事に透明! この清らかさと純度で、作品として届けられるのがすごいです。
最近の旅は北海道へスキーに
——そのフィンランドも含め、菅野さんは40カ国以上を訪れています。最近の旅はどちらへ?
菅野 冬休みに子どもたちと、北海道へスキーに行きました。ひとり旅をしていたときと違うのは、子どもの分のパッキングも私の仕事というところ。これがなかなか大変なんです!
旅のスタイルも変わっていきますね。若いときはガイドブックを読み込み、持っていきましたが、いまはネットですもんね。スーツケースも、最近は上の部分が開くタイプがあるんです。ヨーロッパのホテルは部屋が狭いので、これなら限られた場所を有効活用できて便利だなと思います。
——改めていま、旅がもつ力や効果をどう感じていますか?
菅野 人って毎日同じ時間に同じことを繰り返す日々と、旅に出るときの両方が大事なんだなと思います。家にいるとやらなきゃいけないことが多すぎて、子どもの話を聞き流してしまったりしますが、旅先のほうが話す時間が増えたり。
ふとした瞬間に「あ、前よりもしっかりしたな」と思うことも。“旅育”という言葉もありますが、旅先の経験で育まれるものがあるのでしょうね。
——いま、ひとり旅ができるとしたらどこに行きたいですか?
菅野 ヨーロッパの鉄道旅をしてみたいですね。あと、インド北部の都市・ジャイプールの「エレファント・フェスティバル」に行きたいとずっと思っています。調べたらここ3年は中止でしたが、いつか行けたらいいなぁ。同じインドの「ホーリー祭」にも行ってみたいです!
——ひとり旅の醍醐味は?
菅野 自分と向き合える旅だからこそ、普段いる場所のよさを噛みしめることができます。ひとり旅をしていたときは、東京に仕事があるからここに来ることができているんだなぁとしみじみ。
旅先で、いつもとは違う考え方にふれることもできるのがいいですよね。
——国内でよかったところも。
菅野 伊勢神宮もよかったなぁ。あの厳かな空間にいると心が洗われます。
京都も行くたびに好きになります。若いときは時代劇の撮影などの仕事でよく行きましたが、漫画の原点といわれる高山寺の『鳥獣人物戯画』もよかったです。
春なら、原谷苑(はらだにえん/京都市北区)がおすすめ。さまざまな種類の桜やヤマブキなどの花がいっぱいで。晴れた日には、ピンクや黄色の花の間から水色の空が見えて……。それはもう桃源郷のようです!
3月27日(金)全国公開 『90メートル』
小学生の頃からバスケットボールひと筋だった佑は、難病の母の世話を優先するため、高校2年のときにバスケをやめた。そんななか、高校3年になるとヘルパーによる24時間体制の介護が可能になり、東京の大学への進学を考え始める佑。しかし、母を想うと言い出せなくて……。
出演:山時聡真、菅野美穂、西野七瀬、南 琴奈、田中偉登(たけと)
監督・脚本:中川 駿
配給:クロックワークス
聞き手=岡崎彩子 撮影=平岩 亨
ヘアメイク=北 一騎(Permanent)
スタイリング=青木千加子
『旅の手帖』2026年4月号より







