中村雅俊
なかむらまさとし/1951年、宮城県女川町出身。1973年、慶應義塾大学在学中に文学座附属演劇研究所に入所。1974年、ドラマ『われら青春!』の主役に抜擢されデビュー。挿入歌『ふれあい』で歌手デビューし、売り上げが100万枚を突破。連続ドラマの主演数は34本。歌手としてもコンスタントに曲を発表し、デビューから毎年行う全国コンサートも1600回を超える。
公式サイト:https://www.north-pro.com/talents/nakamura_masatoshi/
公式ファンクラブ:http://tomonokai.mj-e.com/
中村組は怒らない監督。50年後の「奇跡」だから
中村 『俺たちの旅』は、関わった人間みんながとにかく大好きな作品なんですよ。飲み会で集まるたびに、またやりたいねって話していたんです。
そうしたら、脚本の鎌田(敏夫)さんに呼び出され、「五十年目の『俺旅』を映画でやることになったから。雅俊、監督もやって」と。俺、もううれしくて、「やります!」と即答でしたよね。こんなに重大なことと思わずに(笑)。
——映画では初の監督ですね。中村組は、どんな監督で?
中村 一度も怒らない監督(笑)。当たり前ですけど、すでに亡くなっている方が多いんですよ。だからいま、生きていてくれて、また共演できるっていうだけで「奇跡だよね」って、みんなで言い合っていました。
——カースケにオメダ、グズ六。久しぶりの3人です。
中村 健(田中)ちゃん、秋野(太作)さん、それぞれとほかの仕事で一緒になることはあったけど、特に化学反応はなかったんです。
でも、3人集まると「俺旅」になっちゃう。そこに岡田奈々ちゃんが入ると、さらにわあ~とエネルギーが高まって、スーパー戦隊シリーズみたいになるから、ほんと不思議です。
——50年前の番組放送前、落ちこぼれの大学生の話は当たらないと言われていたそうですね。
中村 そう! その前に『俺たちの勲章』という、松田優作さんと共演した刑事ドラマがあって、プロデューサーも脚本家も監督も同じなんです。刑事ドラマは起承転結を作りやすい。でも「俺旅」は、ただの大学生活ですから。
俺、台本の一話ができたとき、脚本家の鎌田さんに電話しましたもん。「ドラマがないじゃないですか!」って。人が死ぬわけでも何があるわけでもない。こんなんでいいの?って。
ところがいざ始まると、すごい反響で。日曜に井の頭公園(吉祥寺)へ撮影に行くと、数百人くらい集まっているんですよ。ドラマのテーマが、友情や人を愛すること、家族の問題など普遍のテーマだったからかもしれない。
幸運にも主題歌も売れて、オリコンから「来週1位になりますよ」って言われて舞い上がっていたら、『およげ!たいやきくん』が初登場1位になっちゃった(笑)。
——それは悔しい(笑)。頭にすぐ血がのぼり、カーッとなるキャラクター・カースケは中村さんがモデルですか?
中村 近いところはあるのかなあ。番組が始まる前に、プロデューサーと監督と鎌田さんと俺とで話し合いをしたんですよ。なんとかいいドラマにするために、4人がそれまでの人生で経験したこと、それぞれのストーリーを出し合ってみようと。だから、実体験が結構盛り込まれているんです。
——なんと!
中村 俺は中学時代からバスケ部で、ギターを弾いたり、お調子者で。宮城の方言だと“おだづもっこ”。何かに夢中になったり、ムキになったりするところは、カースケと似てるかも。
下駄×米軍ファッションで慶應義塾大学に通学!?
中村 ファッションも大学に行くときは、下駄履きに米軍払い下げのカーキのシャツが定番だったし、アルバイトもビルの掃除から道路工事、喫茶店のウエイターに家庭教師……いっぱいやったので、キャラクターに生かされましたね。
——育った背景も?
中村 カースケが早くに父親を亡くしている設定は、実際に俺が4つのときに親父が死んでいるから。カースケの故郷が茨城の那珂湊(なかみなと)なのも、俺の田舎が宮城県のちっちゃな港町の女川(おながわ)だからです。
——女川はどんな町ですか?
中村 リアス海岸で、山から見下ろすと、細い入江になっているところが女川湾。その周辺に家が立ち並び、後ろはすぐ山。いまでも人口は5700人くらいの小さな町で、おふくろはそこで飲み屋をやってたんですよ。
——陽気で働き者のお母さん、二人のお姉さんもおられて。
中村 あと、住み込みのホステスさんもいましたね。小さい町だから、お客さんは知ってる人ばっかり。バスケ部の顧問の先生も常連で、酔っ払うとホステスさんが俺の部屋に呼びに来るんですよ。
そこに行くと「おお~、まさとしぃ」なんて、だらしないったらない(笑)。先生が忘れていったカバンを翌日、職員室に持っていったりもしました。でも、学校の先生には目をかけてもらっていた気がしますね。
数学の先生が宿直の日は、宿直室に不良っぽいやつらと呼ばれて、すき焼きパーティーをするんですよ。その先生が石巻に仕事で行くときは、なぜか一緒に連れて行ってもらったり。まったくグレてはなかったけど、ラッパズボンをはいたり、ちょっと背伸びはしてたから、いまから思うと心配させていたのかな。
——カースケの「生きていくって楽しいもんなんだよ」という名言があります。人生を振り返っていかがですか?
中村 俺はね、ずっと楽しい時間を過ごしてきた実感があるんですよ。道に迷った時、どっちを選んでも結局後悔ってあるけど、楽しくなければ、自分で楽しくなるようにしたのかもしれない。
映画監督は少し苦しかったけど、すごく楽しかった。みんなが俺に「まかせます」って言ってくれたのがうれしくて、いまなお恐ろしくて。ずっとビクビクしています(笑)。
1月9日(金)より全国ロードショー 『五十年目の俺たちの旅』
昭和50年(1975)放送の大ヒットドラマ『俺たちの旅』は、大学生のカースケとオメダ、グズ六の3人の友情と生きざまを描く青春の群像劇。当時のメインキャストが結集し、中村雅俊のメガホンで初の映画化。50年経った3人のいまと、懐かしい回想シーンも見どころ。
出演:中村雅俊、秋野太作、田中 健 /
前田亜季、水谷果穂、左 時枝、福士誠治 / 岡田奈々
原作・脚本:鎌田敏夫 監督:中村雅俊
配給:NAKACHIKA PICTURES
聞き手/くればやしよしえ 撮影/平岩 亨
ヘア&メイク/鈴木佐知
スタイリング/奥田ひろ子
『旅の手帖』2026年2月号より一部抜粋して再構成







