妻夫木 聡

つまぶき さとし/1980年、福岡県生まれ。1998年にドラマ『すばらしい日々』で俳優デビュー。2001年には映画『ウォーターボーイズ』で主演に抜擢され、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。映画『ジョゼと虎と魚たち』やドラマ『オレンジデイズ』などで人気を博し、2009年にはNHK大河ドラマ『天地人』で主演を務めた。その後も『悪人』(2010)や『怒り』(2016)、『ある男』(2022)など日本映画に欠かせない存在として活躍。現在、NHK連続テレビ小説『あんぱん』にも出演。

Instagram:@satoshi_tsumabuki_official

 

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今回、妻夫木さんが主演を務めるのは、真藤順丈(しんどうじゅんじょう)の同名小説を映画化した『宝島』。アメリカ統治下の沖縄で、米軍基地から奪った物資を住民らに分け与えた“戦果アギヤー”と呼ばれる集団の一人、グスクを演じます。

登場するのは、英雄のオン(永山瑛太)とその弟のレイ(窪田正孝)、オンの恋人のヤマコ(広瀬すず)。基地を襲撃したある夜から消息を絶ったオンを探し続ける3人は、やがて刑事、ヤクザ、教師になり、時代の荒波に翻弄されながら失踪の謎に迫っていきます。

作品が沖縄の歴史を知る架け橋になれば

——戦後の沖縄を描いた作品を演じるプレッシャーは?

妻夫木 プレッシャーというのはあまりなかったかもしれません。『涙そうそう』(2006年公開の映画)でコザ(沖縄市)の町をよく知っていたことと、僕自身をまた、コザが舞台の作品に選んでもらえたことに運命を感じたことが大きかったのかな。

「誰よりお前に任せたぞ!」と言われた気がしたんです。

ただ、それを引き受ける覚悟、責任はかなりありました。戦後の沖縄を描くので、地元の方が演じるほうが説得力があるかもしれませんが、それを沖縄出身でない役者たちが演じることに意味があるのではないかと。

これは沖縄の話だけど日本の話なんだよということを芝居で体現して、「私の話なんだ」と思ってもらえることが、この映画をやったことの大きな意味になると思います。

この作品が、沖縄のことを知ってもらう架け橋になればいいなと思うので、そうなるための責任感はもたなければと最初に思いました。

——役作りのために準備したことは?

妻夫木 クランクインの何カ月か前に、一人で沖縄に行きました。コザの資料館に行ったり、コザ暴動(*)のときに刑事や新聞記者だった方に取材させていただいたりしました。

(*)コザ暴動:1970年12月20日に起こった米軍関係者の車を次々と焼き払う事件

どれもすごく勉強になったんですけど、一番自分の中に感じたいことがわぁーっと入ってきたのがその次に沖縄を訪れたとき。

現地に親友が2人いて、まず、一人がガマ(洞窟)に連れて行ってくれました。沖縄戦で大勢の方が亡くなられたチビチリガマと、米兵の英語を理解できる人がいたため多くの命が助かったシムクガマ。

2つのガマを見学させていただいたあと、もう一人の親友が『佐喜眞(さきま)美術館』に連れて行ってくれました。

画家の丸木夫妻が描いた『沖縄戦の図』の中に、行ったばかりの2つのガマがあり、それを見た瞬間、動けなくなって涙が止まらなくなりました。絵を見たら感情が一気に自分の中に入ってきた感覚でした。怒りや悲しみ、かすかな希望のような。

調べる、人から聞くことも大事ですけど、感じることもとても大切だなと改めて思いました。

親友たちは打ち合わせして連れて行ってくれたのではなかったので、あとから「導かれたんだね」と話していました。

『佐喜眞美術館』。丸木位里(いり)・俊夫妻の描いた『沖縄戦の図』が常設展示される。
『佐喜眞美術館』。丸木位里(いり)・俊夫妻の描いた『沖縄戦の図』が常設展示される。

——主人公の若い頃から20年近い年月を演じます。その苦労は?

妻夫木 実は、若いから若く演じようとは全然考えませんでした。とにかく、瑛太が演じるオンちゃんの背中を追いかけることに集中しました。オンちゃんとのシーンは多くないので、キラキラしたオンちゃんを目に焼きつけるのに必死でした。

セットも素晴らしくて美術さんが空間も作り込んでくれたので、どのシーンも自然と入っていけた気がします。

僕は撮影前にセリフを全部覚えちゃうタイプで、今回も仮台本の段階で全部覚えました。あとでセリフが変わっちゃったんですけど(笑)。

それでも前倒しでやらないと方言が身につかないので。セリフを口癖になるくらい自分のものにしたかったんです。

——むかし、100回くらい読むとおっしゃっていたことも?

妻夫木 そんなこと言ってましたけど、いやぁ正直、いま考えるとそれだけしか読まないの?って思います。

映画だと1冊しか台本がないから、100回しか読まなかったら……ね。100回なんてすぐなので、もっと読んでいますね。

——グスクという人物をどう捉えましたか?

妻夫木 あんなに前を向ける人はなかなかいないので、すごく勇気をもらいました。

どの時代でもみんな、生きるのに必死じゃないですか。猫の手でも借りたいし、お金を稼ぐことも大変なこと。それはいまの時代でもそうですよね。

そんななか、彼は自分を犠牲にしてでも人の幸せを願える人なんだなと思います。

——アクションシーンも?

妻夫木 当初はアクションをやるイメージはなかったんですけど、いざ始まると米軍基地を囲む高い柵を登ったり、ダッシュしたりとすごく多くて。

さすがに43歳(当時)であんなに走るとは思わなかったので、ボクシングをやっていてよかったと思いました。朝5時まで走っていましたから。

夜中じゅう走るシーンを撮ってやっと終わったと思ったら「朝焼けも狙うので2時間待ってください」と。あれは大変だったぁ(笑)。

死があるからこそ、僕らは想いを引き継げる

——共演のみなさんは?

妻夫木 瑛太はね、英雄であるオンちゃんを、カリスマに見せようという欲を感じさせなかった。ただ、オンちゃんとしていてくれようとした。そのことで僕は助けられました。

大事なのはどうしたらカリスマに見えるかじゃなく、オンちゃんがいたということだから。

それまで、死は終わりを意味している気がしていたけど、死があるからこそ、僕らは想いを引き継いで、それがどんどん膨れあがって、生きることがこんなにも大事なことだと思える。

命のバトンなんだなって。そう気づけたのは、彼がいてくれたからなんです。

——作品を通して、ご自身に変化は?

妻夫木 うーん公開前なので、僕が変われたかどうかは正直わからないです。お客さんがどう感じてくれるかを見るまでは変わりようがない。

むしろ、僕が変わっても変わらなくてもどっちでもよくて。自分を犠牲にしてでもいい作品になればという想いがあります。

——作品を観て沖縄のことを知りたくなりました。おすすめの場所は?

妻夫木 『佐喜眞美術館』は行ってほしいです。いまって、ネットでなんでも調べられるから、知った気になってしまう自分がいるんですよね。ありのままの姿があるのでぜひ見てほしいです。魂を込めて描かれた絵に、グッときます。

——おいしいものも?

妻夫木 コザに行くなら、ぜひ骨汁を食べてほしいです。大盛りのご飯と一緒に出てきて、それがすごくおいしい!

骨をしゃぶりながら残ったお肉を食べて、ご飯を食べるんですけど、これがもうたまりません。

——作品を観られる方にメッセージを。

妻夫木 戦時中を描いた映画ではないけれど、この作品を観るだけでも、こんな歴史があったんだと知ることができると思います。もし興味が湧いたら、もっと沖縄の本当の姿を見に来てもらえたら。

この続きはぜひ本誌で
インタビューの続きは『旅の手帖』2025年10月号に掲載されています。ぜひ雑誌を手に取ってみてください。
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2025年9月19日全国ロードショー 映画 『宝島』

(C)真藤順丈/講談社 (C)「宝島」製作委員会
(C)真藤順丈/講談社 (C)「宝島」製作委員会

1952年、アメリカ統治下の沖縄。米軍基地から物資を奪い、住民らに分け与える“戦果アギヤー”という集団がいた。その仲間がグスク、レイ、ヤマコの3人と、英雄的存在の年上のオン。ある襲撃夜、オンは“予定にない戦果”を手に入れ、消息を絶ってしまう。残されたグスクは刑事、ヤマコは教師、レイはヤクザになり失踪の謎を追う——。

出演/妻夫木聡、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太
監督/大友啓史 原作/真藤順丈『宝島』(講談社文庫)
配給/東映、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

聞き手=岡崎彩子 撮影=千倉志野
ヘアメイク=大上 あづさ(Azusa Oue)
スタイリング=武久泰洋(Yasuhiro Takehisa)

『旅の手帖』2025年10月号より一部抜粋して再構成