乗ってきたルートはこちら!
過去から未来へつないだ“大鉄”の誇り SL「かわね路号」「南アルプス号」
それはほのかに残る、潤滑油と煙の香りのせいだろうか。「あ、SLがいる場所だな」。
姿が見えなくとも、この駅に降り立てばその存在感をおのずと強く感じる。JRとの乗換駅である金谷(かなや)駅の隣、新金谷駅は大井川鐵道、通称「大鉄(だいてつ)」の拠点で、SL「かわね路号」の始発駅でもある。SLや各車両の修繕を行う検修庫も備え、敷地の外からSLが出発準備をする様子が見られるので、早めに駅に向かうのも一考だ。
現在、SL「かわね路号」は台風被害の影響で、家山駅または川根温泉笹間渡(ささまど)駅までの運行だが、それでもその旅路は大鉄でしか味わえない“特別”にあふれている。
車内は昭和初期に製造された旧型客車を筆頭に、製造年ごとに意匠が異なる車両も多い。現在ではすっかり金属製が主流となり、言葉だけがかろうじて残る座席頭上の網棚も、正真正銘、むかしながらの網でできたものが現役だ。
歴史を感じるレトロポイント
乗ってこそわかるSLのロマン
よく「SLは乗ってしまうとほかの列車と同じでは」と聞かれることがある。しかし、SL列車特有のゆっくりとした加速や揺れ、そして先頭からたなびく煙の様子は、乗らなければ感じられない、そこだけのロマンにあふれている。
福用駅を通過すると、大和田駅にかけて上り勾配があるが、ここはSLの正念場。力強い煙と、「シュシュシュ!」とうなるドラフト音が、列車とともに乗客たちの旅情を加速させる。
家山駅を発車すると、列車はいよいよ大井川を渡る大井川第一橋梁へ。現在の終点、川根温泉笹間渡駅からも近い川根温泉の露天風呂からは、列車に向かい手を振ってくれる人も多い。
列車の中と外との手の振り合いは、汽車旅の醍醐味の一つ。その一瞬の出会いが、かけがえのない思い出につながってゆくのだ。
SLは停まらないけれど渋イイ駅!
大井川本線 Information
運転日/土・日・祝中心
※運転日はホームページを要確認
運転区間/大井川本線新金谷~家山・川根温泉笹間渡間
問い合わせ/大鉄営業部☎0547-45-4112
日本でここにしかない列車に乗れる! アプト式鉄道
大鉄にはもう一つ、ここにしかない魅力が詰まった路線がある。それが千頭(せんず)〜井川(いかわ)間を走る井川線だ。昭和10年(1935)に水力発電所建設の資材運搬用トロッコとして敷設され、車両も小さなトロッコサイズ。
現在は台風被害のため、大井川本線~井川線間はバスで乗り継ぐのが主な手段となっている。
井川線は客車とディーゼル機関車のコンビで運行され、井川方面行きでは機関車が最後尾から押して走るため、先頭に乗れば運転室越しに前面展望が楽しめる。
列車は奥大井の山間を右へ左へと縫うように走り、民家も駅の周囲に見られるだけで、四季の大自然が車窓の主役。道中、小さな素掘りのトンネルや、木々の合間を分け入るように進む様子は、ちょっとした探検者の気分だ。
40分ほど山間部を進み、アプトいちしろ駅に到着すると、隣の長島ダム駅まで“日本一”と“日本唯一”の区間を進む。
ここから先はダム建設時に線路が移設された区間で、それに伴い90‰(パーミル)という、通常の列車では通過することができない、国内鉄道日本一の急勾配が誕生。この急坂を安全に通過するために、日本で唯一現存する特殊な「アプト式」を採用し、専用の電気機関車が増結される。
90‰の迫力は明白で、この区間を通過中は車内で座っていても少し踏ん張りたくなるほど。
アプト式機関車の連結を見逃さないで!
湖上に浮かぶ絶景×秘境駅へ
アプト式の区間を抜けると今度は接岨胡(せっそこ)の水面の上に浮かんでいるような奥大井湖上駅へ到着。
井川線の名所であるこの駅は、湖上の鉄橋上にある。鉄橋に併設された歩道を行き、25分ほど階段と坂道を登れば奥大井湖上駅を俯瞰(ふかん)できるパノラマポイントへ。
少々の体力とわずかな覚悟が必要だが、大満足の感動が待っているのでぜひチャレンジを!
川根小山ならぬ川猫山?
井川線 Information
運転日/毎日5往復
運転区間/井川線 千頭~接岨峡温泉間
問い合わせ/南アルプスアプトセンター☎0547-59-2137
取材・文・撮影=村上悠太
『旅の手帖』2024年5月号より