乗ってきたルートはこちら!

過去から未来へつないだ“大鉄”の誇り SL「かわね路号」「南アルプス号」

それはほのかに残る、潤滑油と煙の香りのせいだろうか。「あ、SLがいる場所だな」。

姿が見えなくとも、この駅に降り立てばその存在感をおのずと強く感じる。JRとの乗換駅である金谷(かなや)駅の隣、新金谷駅は大井川鐵道、通称「大鉄(だいてつ)」の拠点で、SL「かわね路号」の始発駅でもある。SLや各車両の修繕を行う検修庫も備え、敷地の外からSLが出発準備をする様子が見られるので、早めに駅に向かうのも一考だ。

新金谷駅構内の検収庫外で出発準備をするC10形8号機。乗務員がピカピカに磨き上げる。
新金谷駅構内の検収庫外で出発準備をするC10形8号機。乗務員がピカピカに磨き上げる。
オールアナログの機関室。SLの運転は3人一組で、機関士と機関助士が息を合わせて行う。
オールアナログの機関室。SLの運転は3人一組で、機関士と機関助士が息を合わせて行う。
シュー!と蒸気の音。その様子はまるで生き物。
シュー!と蒸気の音。その様子はまるで生き物。
機関車だけでなく構内にたたずむ客車も、どこかノスタルジーを感じる。
機関車だけでなく構内にたたずむ客車も、どこかノスタルジーを感じる。
補機としてSL急行をあと押しするE10形電気機関車。昭和24年(1949)製と大ベテラン。
補機としてSL急行をあと押しするE10形電気機関車。昭和24年(1949)製と大ベテラン。
検収庫前にあるSLの方向転換を行う転車台。この日はC12形164号機が。乗車前に記念写真をどうぞ。
検収庫前にあるSLの方向転換を行う転車台。この日はC12形164号機が。乗車前に記念写真をどうぞ。

現在、SL「かわね路号」は台風被害の影響で、家山駅または川根温泉笹間渡(ささまど)駅までの運行だが、それでもその旅路は大鉄でしか味わえない“特別”にあふれている。

車内は昭和初期に製造された旧型客車を筆頭に、製造年ごとに意匠が異なる車両も多い。現在ではすっかり金属製が主流となり、言葉だけがかろうじて残る座席頭上の網棚も、正真正銘、むかしながらの網でできたものが現役だ。

歴史を感じるレトロポイント

昭和初期製造のオハ35形。木製の床に手すり、上着掛けなど随所にその歴史を感じる。
昭和初期製造のオハ35形。木製の床に手すり、上着掛けなど随所にその歴史を感じる。
車内だけでなく、デッキの洗面台にも注目。ほのかに漂うニスとSLの煙の香りは、大鉄ならではの大きな魅力。
車内だけでなく、デッキの洗面台にも注目。ほのかに漂うニスとSLの煙の香りは、大鉄ならではの大きな魅力。
きっぷ類は、ほとんどがむかしながらの硬券。
きっぷ類は、ほとんどがむかしながらの硬券。
新金谷駅の改札にはSL維持のための募金箱も。乗って楽しんで、SLのある光景をいつまでも。
新金谷駅の改札にはSL維持のための募金箱も。乗って楽しんで、SLのある光景をいつまでも。

乗ってこそわかるSLのロマン

よく「SLは乗ってしまうとほかの列車と同じでは」と聞かれることがある。しかし、SL列車特有のゆっくりとした加速や揺れ、そして先頭からたなびく煙の様子は、乗らなければ感じられない、そこだけのロマンにあふれている。

福用駅を通過すると、大和田駅にかけて上り勾配があるが、ここはSLの正念場。力強い煙と、「シュシュシュ!」とうなるドラフト音が、列車とともに乗客たちの旅情を加速させる。

窓の外にたなびく煙。SL列車に乗っていることを実感する。
窓の外にたなびく煙。SL列車に乗っていることを実感する。
笑顔あふれる車内。この日は台湾からのツアー客とともにしばしの汽車旅。
笑顔あふれる車内。この日は台湾からのツアー客とともにしばしの汽車旅。
話術に引かれる車内販売では名物のSL動輪焼や、土産物が購入できる。
話術に引かれる車内販売では名物のSL動輪焼や、土産物が購入できる。

家山駅を発車すると、列車はいよいよ大井川を渡る大井川第一橋梁へ。現在の終点、川根温泉笹間渡駅からも近い川根温泉の露天風呂からは、列車に向かい手を振ってくれる人も多い。

列車の中と外との手の振り合いは、汽車旅の醍醐味の一つ。その一瞬の出会いが、かけがえのない思い出につながってゆくのだ。

全列車が止まる家山駅には、ゆったりとした時間が流れていた。
全列車が止まる家山駅には、ゆったりとした時間が流れていた。
台風被害で川根温泉笹間渡駅から先の千頭(せんず)駅までは不通。
台風被害で川根温泉笹間渡駅から先の千頭(せんず)駅までは不通。

SLは停まらないけれど渋イイ駅!

素朴な抜里(ぬくり)駅では、土・日・祝限定で「サヨばあちゃんの休憩所」という食堂がオープンする。
素朴な抜里(ぬくり)駅では、土・日・祝限定で「サヨばあちゃんの休憩所」という食堂がオープンする。
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【なつかしの列車】C10形8号機
昭和5年(1930)製。新小岩機関区に新造配属後、昭和36年(1961)に引退。昭和62年(1987)には1度目の復活を果たし、岩手県宮古市を走った。1997年より大鉄で営業運転を開始。

大井川本線 Information

運転日/土・日・祝中心
※運転日はホームページを要確認
運転区間/大井川本線新金谷~家山・川根温泉笹間渡間
問い合わせ/大鉄営業部☎0547-45-4112

日本でここにしかない列車に乗れる! アプト式鉄道

大鉄にはもう一つ、ここにしかない魅力が詰まった路線がある。それが千頭(せんず)〜井川(いかわ)間を走る井川線だ。昭和10年(1935)に水力発電所建設の資材運搬用トロッコとして敷設され、車両も小さなトロッコサイズ。

現在は台風被害のため、大井川本線~井川線間はバスで乗り継ぐのが主な手段となっている。

 

千頭駅で出発を待つ客車。井川線では客車・機関車それぞれに異なるヘッドマークや愛称がつけられている。
千頭駅で出発を待つ客車。井川線では客車・機関車それぞれに異なるヘッドマークや愛称がつけられている。
かわいいサイズ感の客車。窓も開くほか、全面展望も楽しめる。車両によってデザインが異なり、オープンエアのデッキがある車両も。
かわいいサイズ感の客車。窓も開くほか、全面展望も楽しめる。車両によってデザインが異なり、オープンエアのデッキがある車両も。
今日はどの車両? 列車に乗り込み、いざ出発!
今日はどの車両? 列車に乗り込み、いざ出発!

井川線は客車とディーゼル機関車のコンビで運行され、井川方面行きでは機関車が最後尾から押して走るため、先頭に乗れば運転室越しに前面展望が楽しめる。

列車は奥大井の山間を右へ左へと縫うように走り、民家も駅の周囲に見られるだけで、四季の大自然が車窓の主役。道中、小さな素掘りのトンネルや、木々の合間を分け入るように進む様子は、ちょっとした探検者の気分だ。

道路が並走しない区間も多く、井川線に乗らないと見られない風景が連続。列車の速度はゆっくりで、ビュースポットでは随時、観光案内や徐行運転をしてくれる。赤い橋は泉大橋で、その奥には朝日岳が見える。
道路が並走しない区間も多く、井川線に乗らないと見られない風景が連続。列車の速度はゆっくりで、ビュースポットでは随時、観光案内や徐行運転をしてくれる。赤い橋は泉大橋で、その奥には朝日岳が見える。

40分ほど山間部を進み、アプトいちしろ駅に到着すると、隣の長島ダム駅まで“日本一”と“日本唯一”の区間を進む。

ここから先はダム建設時に線路が移設された区間で、それに伴い90‰(パーミル)という、通常の列車では通過することができない、国内鉄道日本一の急勾配が誕生。この急坂を安全に通過するために、日本で唯一現存する特殊な「アプト式」を採用し、専用の電気機関車が増結される。

90‰の迫力は明白で、この区間を通過中は車内で座っていても少し踏ん張りたくなるほど。

アプト式機関車の連結を見逃さないで!

アプトいちしろ~長島ダム間ではアプト区間専用のED90形を増結。アプトいちしろ駅構内にはラックレール(レール側の歯型レール)も敷設されているので、その構造をしっかりと見ることもできる。機関車が2両連なる姿は大迫力。
アプトいちしろ~長島ダム間ではアプト区間専用のED90形を増結。アプトいちしろ駅構内にはラックレール(レール側の歯型レール)も敷設されているので、その構造をしっかりと見ることもできる。機関車が2両連なる姿は大迫力。
急勾配の眼下には長島ダム。遠くには移設前の線路敷設箇所が見える。
急勾配の眼下には長島ダム。遠くには移設前の線路敷設箇所が見える。

湖上に浮かぶ絶景×秘境駅へ

アプト式の区間を抜けると今度は接岨胡(せっそこ)の水面の上に浮かんでいるような奥大井湖上駅へ到着。

井川線の名所であるこの駅は、湖上の鉄橋上にある。鉄橋に併設された歩道を行き、25分ほど階段と坂道を登れば奥大井湖上駅を俯瞰(ふかん)できるパノラマポイントへ。

少々の体力とわずかな覚悟が必要だが、大満足の感動が待っているのでぜひチャレンジを!

奥大井湖上駅を俯瞰できるパノラマポイントからの眺め。接岨湖に架かるレインボーブリッジを渡り、まもなく奥大井湖上駅に到着。
奥大井湖上駅を俯瞰できるパノラマポイントからの眺め。接岨湖に架かるレインボーブリッジを渡り、まもなく奥大井湖上駅に到着。
駅から北東側の橋は徒歩通行可能。湖上をゆく井川線を間近に見られる。
駅から北東側の橋は徒歩通行可能。湖上をゆく井川線を間近に見られる。

川根小山ならぬ川猫山?

小さな茶畑と集落の奥にある川根小山駅。「かわねこやま」の読み仮名から「ねこの駅」に? 大鉄ではこうしたユニークな仕掛けがいたるところに見られるので探してみて!
小さな茶畑と集落の奥にある川根小山駅。「かわねこやま」の読み仮名から「ねこの駅」に? 大鉄ではこうしたユニークな仕掛けがいたるところに見られるので探してみて!
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【なつかしの列車】ED90形
日本一の急勾配区間を走行するために製造された電気機関車。レール側の歯形レール(ラックレール)と車体側の歯車を嚙み合わせ、登坂力を高めるアプト式を日本で唯一採用。

井川線 Information

運転日/毎日5往復
運転区間/井川線 千頭~接岨峡温泉間
問い合わせ/南アルプスアプトセンター☎0547-59-2137

取材・文・撮影=村上悠太
『旅の手帖』2024年5月号より