津波にのみこまれた島で育てる希望
松島湾の奥に位置することから「奥松島」とも呼ばれる宮戸島。
あの未曾有(みぞう)の災害で4つの集落のうち3つが壊滅的な状況となった島で、桜を増やそうと頑張る人たちがいる。「ヤマザクラ2011本プロジェクト」のスタッフだ。
「思いついたのは大震災で一番打ちひしがれていたとき。元気が出ることをやろうと始めました」と語るのは、発起人の鈴木三男さん。
島民の佐藤康男さんや奥松島縄文村歴史資料館のスタッフとともに、2012年4月からプロジェクトは動き出した。
人と人、森と人をつなぐ 桜の原点のヤマザクラ
植物学者である鈴木さんがこだわったのは、ヤマザクラという桜の種類。
「宮戸島は国指定の特別名勝で、縄文時代から人々の生活と自然が調和してきた島です。そういう土地にはソメイヨシノではなく、日本最北限の地に残るヤマザクラを植えたいと思いました。それも外から持ってきた種ではなく、この島のヤマザクラの遺伝子を受け継ぐ子を増やしたかったのです」と鈴木さんは力強く語る。
まず着手したのが、島内に自生するヤマザクラの調査。“桜博士”と呼ばれる農学博士の勝木俊雄さんと島内を歩き、標本を作ったりマーキングをしたりした。
植樹までには、母樹から種を採り、それを蒔いて翌年に発芽させ、苗として2年間育てるという手順を踏む。
プロジェクトに賛同し集まった参加者たちは、植物の栽培に関しては素人(しろうと)。それゆえ失敗しながら学んでいったという。
例えば、種採りは母樹の下にビニールシートを敷いて自然に実が落ちるのを待つが、初めは人力で枝をゆっさゆっさとゆすっていたそうだ。それもいまでは笑い話だ。
また、育てた苗が成長したらオオシマザクラだったなんてことも。
宮戸島にはヤマザクラ、オオシマザクラ、カスミザクラと3種類の桜が生育しているが、ヤマザクラとオオシマザクラ、オオシマザクラとカスミザクラが自然交配するため、そういったことが起きるのだ。
「ある程度成長すると、葉の大きさや枝の太さなどで判別できます。ヤマザクラでないとわかった木は引き抜いて、新たなヤマザクラっぽい木を補植するんです」
数年間も育ててヤマザクラではないことが判明したのに、鈴木さんには余裕がある。
それは、佐藤さんが言うように「プロジェクトを島全体で考えているから」なのだろう。
「地域の景観にすることが目的ですからね。ヤマザクラが咲いた時、森に目を向けてくれたらうれしい」と鈴木さん。
ヤマザクラがきれいに咲いてくれることももちろんだが、毎年ここに集まってくれる人たちがいることが何よりうれしいと、満面の笑みで語るお二人。
佐藤さんいわく「植樹祭のために東京から来てくれる人もいて、親戚みたいな感じ」なのだそう。
震災というつらい出来事はあったが、ヤマザクラの数が増えていくとともに島民、参加者、スタッフ間の結びつきも強くなっている。
2023年3月の集計では、ヤマザクラの植樹数は551本(補植含む)、成長中の苗は2100本。
のんびりとゆるく、地道にコツコツとヤマザクラの数を増やしてきた。スタッフの高齢化などの心配事はあるが深刻にならず、なるようになれ!と笑い飛ばすおおらかさと柔軟さでここまで続いてきた。
今年の春もヤマザクラが宮戸島を彩るだろう。
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宮戸島の詳細
宮戸島
【☎】0225ー82ー1111(東松島市観光振興課)
【アクセス】JR仙石線野蒜(のびる)駅から車10分(奥松島縄文村歴史資料館)
取材・文・撮影(人物)=阿部真奈美 写真=奥松島縄文村歴史資料館
『旅の手帖』2024年3月号より