温泉ビューティ研究家・旅行作家 石井宏子
いしいひろこ/年200日、国内外の温泉を旅して取材執筆する。国際中医師の資格をもち、地球が煎じた薬湯である温泉の美容力を研究。杏林大学・温泉療養学講師。
温泉から桜とは、こんな贅沢があったのか
「なんと、まあ……。」思いもよらぬ満開の桜に、しばし言葉を失ってしまった。箱根・芦ノ湖温泉『山のホテル』はツツジの庭が有名で、5月の連休ごろから咲き誇るツツジを求めて多くの人が訪れる。その前の静かな時期にゆっくり過ごすのもよいかと泊まりに行った時に出会った予想外の絶景。大浴場に満開の桜が、湯の中まで桜色に染めてゆらゆらと揺れている。その光景を分け入るように温泉に浸かった。
桜の風景に、なぜ、こんなにも心を奪われてしまうのだろうか。儚くおぼろげな夜桜の風景は何度眺めても心震えて涙がでそうになる。長門(ながと)湯本温泉『界 長門』は、桜並木が続く音信川(おとずれがわ)沿いに立っていて、部屋の窓から眺める桜も美しい。温泉街全体をリデザインしたプロジェクトによって照明も一新され、桜の時期は夜桜を最も妖艶に映し出す灯りに調整されている。夜桜に誘われて共同湯「恩湯(おんとう)」まで散歩、住吉大明神様の像が鎮座する岩盤からとめどなく自然湧出する源泉を眺めて入る温泉は、深さ1mのぬる湯。生まれたての温泉は肌に寄り添ってくるような密着感がありとろとろの感触だ。
部屋の温泉から桜を眺めるのは、人生最高の贅沢の一つ。赤湯温泉『山形座 瀧波(たきなみ)』にはその名も「SAKURA」という部屋がある。湯守がととのえる十割源泉が自慢の温泉は、含硫黄-ナトリウム・カルシウム-塩化物泉。硫黄と塩の相乗効果で全身の血行がよくなりじんじんと染み入る名湯だ。吉奈(よしな)温泉『東府(とうふ)や Resort&Spa-Izu』は、みごとなしだれ桜が眺められる客室がある。敷地内のベーカリーカフェで、温泉の足湯に浸かりながら桜を眺めて味わうコーヒーも至福。
家族や友人とみんな一緒に大露天風呂の温泉から花見をするなら、宝川温泉『汪泉閣(おうせんかく)』。川の両岸に広がる大露天風呂は吊り橋で結ばれていて、その周りすべてが桜。老若男女全員が指定の湯浴み着を着用するスタイルになったので、気兼ねなく行ったり来たり、和気あいあいと温泉が楽しめる。
石井さんの「桜が美しい温泉宿」5選
芦ノ湖温泉『山のホテル』(神奈川県箱根町)
桜の咲く庭や芦ノ湖が見える温泉付きの部屋も。本格フランス料理が有名だが、日本料理もおいしい。
長門湯本温泉『星野リゾート 界 長門』(山口県長門市)
武家屋敷の雰囲気の門で温泉街とつながっている。川床テラスを貸切で花見ができるプランも。
赤湯温泉『山形座 瀧波』(山形県南陽市)
盆地の食材を目の前で仕上げる料理が絶品。全室源泉かけ流しの温泉付きのオーベルジュ型旅館。
吉奈温泉 『東府や Resort&Spa-Izu』(静岡県伊豆市)
広い敷地の桜を眺めて散歩。温泉めぐりや足湯カフェ、フリーフローのラウンジなど楽しみが多い。
宝川温泉『汪泉閣』(群馬県みなかみ町)
野趣あふれる渓谷に四つの源泉かけ流しの大露天風呂。日帰り入浴も、全員が専用の湯浴み着で入る。
文・写真=石井宏子
『旅の手帖』2024年3月号より