文筆家・喫茶写真家 川口葉子
かわぐちようこ/20年にわたり日本各地のカフェ・喫茶店を取材し、その魅力を発信し続けている。著書に『喫茶人かく語りき』(実業之日本社)、『名古屋カフェ散歩』(祥伝社)、『金沢古民家カフェ日和』(世界文化社)ほか多数。
花時のカフェで味わう 「この世の幸せ」
カフェを訪ねて旅をすることが多い私にとって、「この世の幸せ」というものがあるならば、それは咲き誇る桜を眺めながらカフェでコーヒーを飲むことだ。
私の名前の「葉子」には、予定通りであれば花の盛りに生まれて「桜子」となるはずだったのが、一週間遅れたために葉桜になったという由来がある。もちろん葉桜の風情も美しいのだけれど、間に合わなかった花への思い入れはひとしお。頭のなかには各地の“桜カフェ”のリストがあり、毎年、開花予報を気にしながら桜カフェめぐりを計画している。
遠くから見ると枝のまわりの空気までほんのり薄紅色に染まっているような桜の並木道。舗道に面したカフェの窓辺に座っていると、時おりテーブルに花びらが散りかかり、足元にもひらりと舞う、その多幸感たるや。
つぼみから散り際までのほんの2週間のあいだに行ける場所は限られているし、有名な“お花見カフェ”には長い待ち行列ができることが多い。私は飲食店で10分以上並ぶことに苦痛を感じてしまうたちで、わざわざ足を運んでも入店をあきらめることがある。だからこそ、思い描いた通りに桜カフェでおいしいコーヒーとスイーツを味わう喜びは大きいのだ。
カフェと桜にまつわるもう一つの楽しみは、思いを馳せること。春以外の季節に、カフェのそばに桜の木があることに気づいて、満開になったらどれほど見事な眺めだろうかと想像するのも楽しいもの。
金沢に残るひっそりした茶屋街の一角、大正時代に建てられた町家を改装したカフェ『土家』を訪ねたのは真冬のことだった。目の前には浅野川が流れ、石畳の舗道に沿って桜並木の裸の枝が遠くまで続いている。風情漂う畳敷きの2階にあがって窓辺に立てば、桜の枝に手が届きそうなほど近い。親切なご主人にコーヒーを淹れていただきながら、春に再訪して最高のお花見を満喫することを夢みていた。1、2年のうちに必ず実現するつもりである。
川口さんの「とっておきの桜が見えるカフェ」5選
green bean to bar CHOCOLATE(東京都目黒区)
桜の名所・目黒川に面したチョコレート専門店。直輸入のカカオから個性的なチョコが作られている。イートインも可。
dilettante cafe(静岡県三島市)
富士山の湧水が流れる源兵衛川のほとりにあるイタリア料理店&カフェ。テラス席に座れば桜並木は目の前。
町屋かふぇ 土家(石川県金沢市)
浅野川沿いに桜並木が続き、しっとりした風情漂う主計町(かずえまち)茶屋街の一角にある町家カフェ。
銀月サロン(京都府京都市)
玄関にしだれ桜が揺れる、築90年以上の木造洋館アパートメントの一室で中国茶のコースを。完全予約制。
SQUARE FURNITURE & COFFEE STAND(大阪府箕面市)
箕面の家具工房のショップ&カフェ。開放感のある2階カフェの窓から、店の前に咲き誇る桜が見渡せる。
文・写真=川口葉子
『旅の手帖』2024年3月号より