安藤桃子
あんどうももこ/1982年、東京都生まれ。高校時代からイギリスに留学し、ロンドン大学芸術学部を卒業。その後、ニューヨークで映画作りを学び、助監督を経て2010年『カケラ』で監督・脚本デビュー。2014年にみずから書き下ろした長編小説『0.5ミリ』を映画化。その撮影を機に高知県へ移住。子どもたちとの映画作りやアートなど、食育、自然、農を通じ、やさしい地域の地場づくりを行う。
Instagram:@momokoando
初めての感覚を抱いた、魂のふるさと
——今回は安藤さんが大好きなこちらの山に案内してくださる、ということで。高知市内からさほど離れた場所ではありませんが、豊かな自然が広がっていますね。
安藤 ここは、私に野草や自然食のことを教えてくれる大野等美(ひとみ)さんの山で、いろいろな野草が自生しているから「薬箱山」と呼んでいます。
高知市内の大好きなレストラン『ボルベール』さんでも、この山で採れた野草を使った料理を楽しめます。自然食やヴィーガン料理って“癒やされる”みたいなイメージもありますが、高知はパワフル。食べると、細胞からみるみる元気が湧いてくる。高知の大自然が身体の中で目覚めるかんじ!
——安藤さんがエネルギッシュなのも、高知の自然を全身に取り込んでいるからかもしれませんね。ところで、初めての場所を訪れるときに大事にしていることはありますか?
安藤 挨拶かな?「こんにちは。よろしくお願いします」と一礼するような気持ち。それぞれの場所によって、そこに暮らす人の気質も文化も違うので、出会う人にそうするように、訪れる土地にも挨拶をします。
だからこの薬箱山に来るときも、いつも「おじゃまします」という気持ちで入るんです。そういう姿勢でいくと、相手が人であっても自然であっても、おもてなしの心を開いてくれますし、見えるものや気づけることが増えてくると思うんです。
それと、旅って「行こう」と思った瞬間から始まっているから、その場所で何をしようとか、これを見ようとか、自分が最初にワクワクする計画を考えることも大事にしたいと思っています。
——移住するほど、高知を好きになったきっかけは?
安藤 初めて高知を訪れたのは2009年、小説『0.5ミリ』を映画化しようというタイミングでした。小説を書き終え、どこか燃え尽き症候群のような状態で、映画を撮るためのモチベーションがあがらずにいたんです。
そんなとき、小説を読んだ父 (奥田瑛二)がちょうど高知を訪れていて、「これを撮るなら高知だ!」と言うんです(笑)。それなら!と、すぐに高知へ向かいました。
ほとんどの都道府県には行ったけれど、高知だけ一度も行ったことがなくて。四国の中でも、海と山に囲まれているので、「高知に行く!」という強い意志がないと行けない(笑)。その分、来る人と土地の結びが強い場所かも。
高知の地に初めて降り立った瞬間、全身の力が抜けるような感覚があったんです。ごく普通の国道の風景でも「ここは何かが違う。ここが大好きかも」と感じて。魂のふるさとに出合った瞬間だったのかなと思います。
——高知のどういうところに魅力を感じていますか?
安藤 海山川のすべてがそろっているところはもちろん、「人」にも魅力を感じます。
高知の人って、自分と他者や自然とのつながりをすごく大切にしながら生きているんです。切り離したり分け隔てたりすることがなくて、いつも「自分もみんなもうれしい」という、お互いを大事にしている。
例えば、高知の名所にもなっている『ひろめ市場』って、一般的にいえばフードコートなんだけれど、そこにいるのが高知県民だから唯一無二の場所になっていると思うんです。
高知といえば“おきゃく(大宴会)”ですし、むかしから相席文化がありますよね。だから、初対面でも一緒に食べたり飲んだりを楽しむことに抵抗がない。
実際に『ひろめ市場』では、若者とお年寄りと障がいのある人と、会社の社長が飲み仲間だったりする。立場も考え方も違うからおもしろいんだと、互いを尊重し合って調和しています。
私が高知に初めて遊びにきた友人を、まずは『ひろめ市場』に連れていくのも、表面的にはわかりにくい高知の魅力を体験してほしいから。そこで地元の人たちに交じって、境界線が取っ払われる(笑)。
移住して約10年。いまも感動が湧き続ける
——『ひろめ市場』を体験して、高知にハマる人は多いですね。
安藤 高知の人って県外の人がいるとうれしくなっちゃって、話をしたいし、喜んでほしいから料理もお酒もどんどん持ってくるんです。飲み方もラテンだし(笑)。高知のそういうところって“お遍路文化”がルーツにあるんでしょうね。外から来た人に対してオープンにおもてなしができる気質が備わっていると思います。
——ちなみに『ひろめ市場』以外ならどこを案内しますか?
安藤 やっぱり自然かな。仁淀川か、天然のシダが群生している洞窟の伊尾木洞(いおきどう)。「街からすぐなのに、こんなにきれいなんだ!」とみんな感動してくれます。
高知って自然の深いところへすぐに行けちゃうんです。東京でいうと、渋谷から目黒へタクシーで行くぐらい、15~20分の距離感ですごい秘境に行けるかんじ(笑)。
——人も、自然も、一般的にイメージする距離感と違いますね。
安藤 ここにいると、いい意味で価値観がバグるんです。すべてのオリジン(起源)が詰まっているような場所だなと思います。移住して約10年経ちますが、いまでも感動が湧き続けています。
食べ物だってそう。世界各国、さまざまな料理を食べさせていただいたけれど、高知の食を体験したとき、舌ではなく、体の細胞や命が「おいしい! 幸せ!」って喜んでいるのを感じたんです。眠っていた、私たちの命と自然とのつながりが目覚めるような感覚がありました。
命の声を聞きながら、ともに表現を
——高知で過ごす日々は、映画監督としての安藤さんにも変化や影響をもたらしていますか?
安藤 映画を通じて何を届けられるか、何のために映画を撮るのかということを想うようになりました。それで、自分の中に「すべてのイノチにやさしい」というテーマが生まれました。
そういう感性はもともとあったのかもしれないけれど、高知で暮らし始めて、より鮮明にイメージするようになっています。それは、高知に移住してから価値観が変わり、「命の声」を聞く生き方に切り替わっていったことが大きく影響していると思います。
例えば、山の中で植物にカメラを向けていると、植物から「ここだよ」っていう声が聞こえるような、自分が撮っているのではなく、自分と植物がお互いに響き合ったものが記録されていると感じるんです。
私は高知市内で『キネマ ミュージアム』という映画館の運営もしていますが、作り手と観客で分け隔てるのではなく、互いがその場、その瞬間に存在することで生まれる感動があると思っています。
余談ですが、映画って自然体で観ると、より感動することができるんです。だから、映画を観るときは本来の自分の感性を取り戻してほしいなと思い、『キネマ ミュージアム』では『ボルベール』さんのジェラートや私のプロデュースで、薬箱山の野草などをブレンドしたクラフトコーラを出しています。
——ただ作品を観るだけではなく、観客も一緒になって作品の感動をつくるような……。
安藤 そうですね。自分と世界はつながっていて、常に影響し合いながら生きている。高知に来て、そういう温かい一体感を知ったし、自分もそういうやさしい表現がしたいと思うようになりました。ともに響き合い表現するような。
——“ともに表現する”というのは、なんだか楽しくてやさしい世界観ですね。
安藤 そうなんです。地球って本当にやさしい。私たちに必要なものを、自然の中にいつも準備してくれているんですよね。最近はSDGsやサステナブルという言葉をよく耳にしますが、高知の人たちはそれらを体感して生きている。実はすごくシンプルで、自然の中にたくさんの答えがある。
この山道を歩いていても、いろんな種類の植物があって、いろんな姿形をしていて、下からも横からも生えてきている。でも、すべてが絶妙で、まさに多様性の調和です。
——先ほどの『ひろめ市場』の話と共通するものもありますね。
安藤 確かにそうですね。私は移住するまで、物事について良いか悪いかでジャッジするような社会の中で育ってきたんだなと気づきました。高知に来てからは、「いまの自分にとって自然か不自然か」で物事を考えるようになりました。
体調や気分によってはピリッと刺激的なものが必要なときもあれば、癒やしが必要なときもあるでしょう? いまの自分の命の声を聞いて、自然なほうを選べばいいけど、不自然なものも決して悪じゃない。それぞれに役割がある。
あと高知の人ってお酒が大好きだけど、意外と飲むことを強要したりはしない。でも楽しい場所で楽しめていない人や、ひとりぼっちになっている人がいると放っておけないんです。「みんなで楽しもう!」という輪を大事にする。
コロナ禍をきっかけに「人生って何?」と考えるようになった人も多いと思いますが、そういう方こそ高知に来ていただき、人の温かさや命の声を感じてもらえたら。
聞き手=高橋さよ 撮影=井戸宙烈
『旅の手帖』2025年1月号より