桜マニア 中西一登
なかにしかずと/九州から北海道まで桜前線を追いかける旅を5回決行した日本随一の桜マニア。これまでに訪問した桜名所は国内外合わせて約1890カ所。2001年9月から269カ月(22年超え)連続で毎月桜を観察している。
究極の桜を追い求めて、2024年も旅に出る
30歳になったのを機に会社を辞め (加えて7年半付き合った彼女にふられた感傷旅行として)、九州から北海道まで桜前線を追いかけた。その後さらに4回桜前線を追跡し、長旅と長旅の間には週末旅行で全国を訪ね歩き、30年間で約1850カ所の桜名所に行った。
しかし日本中の桜を見たとはとても言えない。私の知らない素晴らしい桜はまだたくさんあると思う。私は究極の桜を探している。その桜を見たら、もう桜の旅を終わりにしてもいいと思うような桜。私はそれを探し求めて、一生かけて旅をする。
近年、世の中ではちょっとした絶景ブームだが、桜もその波を受け、全国各地の桜絶景が掘り起こされているような流れを感じている。単に桜の本数の多さだけではなく、枝振り、花つき、ライトアップの具合とか、背景が海、新種のクマノザクラといった、さまざまな観賞の切り口がある。新たな桜絶景に行きたいし、自分でも見つけていきたいものだ。
さて、日本の桜名所で最も多く植えられている種類は染井吉野だが、例えば同じ染井吉野でも環境や背景によって異なった表情を見せてくれる。私はできるだけ周辺の地物や背景を一緒に写真に撮り、その土地らしさを残すよう努力しているつもりだ。また、桜の歴史や経緯、住まう人の思いも大切にしたい。
東日本大震災(2011)の1カ月半後、岩手県釜石市の本郷の桜並木を訪れた。昭和8年(1933)に起きた三陸津波のほぼ津波到達点に沿って、復興を祈念して植えられた染井吉野の並木だ。東日本大震災でも三陸津波とだいたい同じ位置まで津波が到達したという。桜並木のすぐ下に津波が運んだがれきが積み上がっていた。
翌年も同じ頃に本郷を訪ねた。周辺の復興はまだ進んでいなかったが、満開の桜並木の下では地元の方の結婚式が行われていた。新郎新婦も出席者もみんな笑顔で、見ているこちらまで幸せを分けてもらえるような気持ちに。式を祝う太鼓の演舞も印象的だった。その名も本郷桜舞太鼓。桜が舞うさまをイメージしたバチさばきが特徴だという。
今年、みなさまに桜とのよい出会いがありますように。
中西さんの「とっておきの桜」5選
弘前城(青森県弘前市)
私が最も好きな桜の名所。日本一といわれる管理技術により元気で密度の濃い花を楽しめる。天守など城の風情も◯。
沼田市の桜(群馬県沼田市)
見事な一本桜たち、城跡の桜など見どころが多い町。上発知のしだれ桜は樹形よし。沼田市のホームページにある「沼田桜マップ」は情報が充実している。
●JR上越線沼田駅下車
長篠の桜並木(愛知県新城市)
豊橋鉄道田口線の廃線跡に河津桜の並木が。トンネルの中からピンク色の桜並木を見る風景は希少で素敵。
●JR本長篠駅から徒歩10分
月光桜(高知県大月町)
四国の南西端、大月町のシンボル的な山桜。牧野富太郎が生前に研究していた品種だ。開花すると花びら全体に白く、輝くような光沢が現れ、ライトアップするとその名のとおり月のよう。
●土佐くろしお鉄道宿毛(すくも)駅から車20分
本郷の桜並木(岩手県釜石市)
見頃の時期には長さ約800mの街道沿いに染井吉野が咲き誇る。古くて立派な佇まいだ。
●三陸鉄道リアス線唐丹駅から徒歩35分
文・写真=中西一登
『旅の手帖』2024年3月号より