50年近く続く、荻窪の当たり前の風景

「俺は18歳の時から、飯店のコックとして働きだして、32歳で店を出したから……もう、50年近くここでやってるよ」――御年78歳になる店主の青柳禎一さんは笑いながらこう答えてくれた。ということは、かれこれ60年以上も中華一筋の料理人として人生を歩んできたことになる。慣れた手つきで中華鍋を振る姿は荻窪の街ではもはや当たり前の風景と言っても過言ではないだろう。

青柳さんが中華鍋を華麗に振る姿はもはや荻窪の風景のひとつに。
青柳さんが中華鍋を華麗に振る姿はもはや荻窪の風景のひとつに。

「でもね、俺が店を開いたころの荻窪はあまり飲食店が栄えていなくてね。師匠からも『荻窪では厳しいんじゃないか?』って言われたりしたの。特にすずらん通りは閑散としていたから当時の町会長さんも『ここで飲食店をやるの!?』なんて驚いてさ」と青柳さんは当時を振り返る。

お店の佇まいは昔ながらの中華料理屋そのもの。ふんわりといい匂いが漂ってきそうだ。
お店の佇まいは昔ながらの中華料理屋そのもの。ふんわりといい匂いが漂ってきそうだ。

今でこそ「ラーメンの街」として確固たる地位を築いている荻窪だが、『中華徳大』が開店したころはそんな様子はなかったという。それだけに地元の人たちが店の味に惚れ込み、クチコミで広まっていったことで長い間、地元に愛されるお店になっていった。

オープンカウンタースタイルの店内。厨房の様子もしっかり見える。
オープンカウンタースタイルの店内。厨房の様子もしっかり見える。

「今ではおじいちゃん、お父さん、そしてその子供って3代続けてお店に来てくれるお客さんもいるんですよ」と、青柳さんの娘、貴子さんがそう語るように『中華徳大』の料理はラーメンやチャーハン、炒め物や定食まで様々。そのどれもが優しい味わいでどこか懐かしい雰囲気を感じさせる。その雰囲気は誰もが懐かしく思う「町中華」そのものと言えるだろう。

まろやかな味わいの秘訣は、店主の原体験にあり

お店の自慢のメニューはやっぱりラーメン。中でも人気なのはトロッとした半熟の煮卵がうれしい玉子らーめんと290グラムもの野菜炒めが盛られるタップリ野菜そば。優しい味わいの玉子らーめんは子供たちに大人気で、小さな子がどんぶりに顔をうずめながらスープを飲み干そうとすることもしばしばだという。

荻窪キッズたちに大好評な玉子らーめん800円。優しい味わいのスープとトロッとした半熟の煮卵がマッチする。
荻窪キッズたちに大好評な玉子らーめん800円。優しい味わいのスープとトロッとした半熟の煮卵がマッチする。

スープのベースは豚骨と鶏がら、そして荻窪ラーメンのベースとなっている煮干しだが……『中華徳大』の場合はさらに昆布、サバ節、貝柱、そして干しエビを加えるという。その理由について青柳さんは自身の原体験が由来しているという。

「俺は東京の下町の方の生まれで、子供のころは煮干しの出汁で取った味噌汁を飲んでいたけど……今思えばあれが俺の基本になっているのかな。荻窪のラーメンっていうと煮干しをベースにしたラーメンがほとんどだけど、俺はそれにいろいろな海産物を入れることで口当たりをまろやかにしたんだよね」

麺は中太のストレートタイプ。スープともよく絡んでツルツル・シコシコの食感がたまらない。
麺は中太のストレートタイプ。スープともよく絡んでツルツル・シコシコの食感がたまらない。

料理で最も大切にしているという口当たりをまろやかにしたスープはまさにこの店秘伝のもの。中太ストレートな麺にもよく馴染み、口当たりは柔らかくまろやか。子供たちが喜んでスープを飲み干すというのもよくわかる優しい味わいだった。

そして山盛りになった野菜炒めがインパクト抜群のタップリ野菜そば。杉並区の保健所からも「野菜たっぷりのヘルシーメニュー」とお墨付きの一品だが、山盛りになっている野菜炒めには青柳さんの優しさが詰まっていた。

もうひとつの人気メニュー、タップリ野菜そば800円。その場で調理してくれる野菜炒めがたっぷりと乗ったボリューミーな一杯だ。
もうひとつの人気メニュー、タップリ野菜そば800円。その場で調理してくれる野菜炒めがたっぷりと乗ったボリューミーな一杯だ。

「このメニュー自体はウチの母さん(奥さん)に野菜を食べさせようということで作ったんだよ。それを見たお客さんのリクエストもあって店でも出すようになってね。もう40年くらい前のことだけどさ」

山盛りに盛られた野菜炒めはなんと290グラム! 1日の野菜摂取目安量の80%がこの一杯で採れるという計算に。
山盛りに盛られた野菜炒めはなんと290グラム! 1日の野菜摂取目安量の80%がこの一杯で採れるという計算に。

荻窪の人たちが愛してやまない人気メニューは、なんと奥さんへの愛から生まれた一品でもあった。

「ついつい大盛りにしちゃう」ホントの理由

お話を伺えば伺うほど、素敵なエピソードばかりが溢れてくる『中華徳大』。タップリ野菜そば以外のメニュー写真を見ても、野菜を中心としたメニューが多く、そのほとんどが大盛り。その理由を伺うと、青柳さんは照れくさそうにこう答えてくれた。

店主の青柳禎一さん(左)と娘の磨島貴子さん(右)。親子の仲睦まじい掛け合いも荻窪の日常と言える。
店主の青柳禎一さん(左)と娘の磨島貴子さん(右)。親子の仲睦まじい掛け合いも荻窪の日常と言える。

「この辺は昔、学生さんが下宿していることが多くてね。彼らは財布の中身を見ながら注文してきたの。それを見るとさ、お腹いっぱい食べてもらおうと思ってついつい野菜を中心としたメニューが増えていったし、盛り付けも多くなっちゃって。そうしたら、娘も俺みたいに野菜炒めとか大盛りで出しちゃうの!」

「美味しい料理をお腹いっぱい食べてもらいたい」――親子揃っての願いがあるからこそ、荻窪の名店として客が後を絶たないのだろう。もしかすると、『中華徳大』のスープからほんのり優しい味がしたのは親子の愛が込められているからかもしれない。

地元の小学生が社会科見学に来た際に作った新聞を発見。荻窪の街に愛されているゆえんと言えるだろう。
地元の小学生が社会科見学に来た際に作った新聞を発見。荻窪の街に愛されているゆえんと言えるだろう。
住所:東京都杉並区荻窪5-13-6/営業時間:11:30~13:30・17:30~20:00(土は17:00~20:00)/定休日:日・祝/アクセス:JR中央線・地下鉄丸の内線荻窪駅から徒歩2分

取材・文・撮影=福嶌弘(フリート)