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profile:原亜樹子(はらあきこ)
菓子文化研究家。米国高校へ留学・卒業後、東京外国語大学へ進学し、文化人類学ゼミで食を探求。卒業後は特許庁へ入庁するも、6年目に退職し、食に関する執筆活動をスタート。2006年より生活情報サイト「All About」で和菓子ガイドを務めるほか、アメリカの食に関する著書多数。

一番身近な和菓子の店、“餅菓子店”

おやつに用意されていた焼き目も香ばしい焼き団子に、しっかりとコシのある豆大福。小腹が空けば買いに行った、ほどよいサイズの稲荷寿しにおにぎり。ご近所の“餅菓子店”のお世話になった人はたくさんいるだろう。

贈答用の羊羹やお茶席用の上生菓子を扱う店など“和菓子店”にもいろいろあれど、日常生活の一番近くにあるのは、大福などの餅菓子を中心に、おにぎりや団子、季節の生菓子が並ぶ“餅菓子店”とも呼ばれる和菓子店だ。活気のある街には高確率でいい餅菓子店があって、お財布にも体にもやさしく、毎日食べても飽きないラインアップで客を温かく迎えてくれる。

新小岩のシンボル的存在、ルミエール商店街を歩いて『伊勢屋』へ向かう。
新小岩のシンボル的存在、ルミエール商店街を歩いて『伊勢屋』へ向かう。

新小岩の『伊勢屋』は、街の人に愛される餅菓子店ここにありといった店だ。団子や大福のような、朝作ってその日に食べきるからそう呼ばれる朝生菓子や、稲荷寿しやおにぎりが並ぶショーケースは、夕方近くには空っぽなんてこともしばしば。

最寄りは総武快速線と中央・総武線各駅停車が停車するJR新小岩駅だ。

たい焼きの名店「三杉野」があった場所はハラルの食材店に。
たい焼きの名店「三杉野」があった場所はハラルの食材店に。

実は以前、新小岩に住んでいた。久しぶりに歩いてみると、ずいぶん店が入れ替わっている。ルミエール商店街を150mほど進み、左手の細い横道に入ったところにあった、たい焼きの名店「三杉野」は閉店し、後にはハラル食材店が入ったようだ。外国の人も多く住む新小岩には、ほかにもインドや中国、台湾、東南アジアの料理店や食材店がひしめいている。

『伊勢屋』。ルミエール商店街から数メートル離れる。見逃さないようご注意!
『伊勢屋』。ルミエール商店街から数メートル離れる。見逃さないようご注意!

『伊勢屋』は、にぎやかなルミエール商店街を抜ける少し手前、日本酒専門店『酒喜屋』の角を右手に曲がった新小岩松島通り沿いにある。この辺りは葛飾区と江戸川区の境で、店の住所は江戸川区だ。

マルナカの伊勢屋とは

店の包装紙には伊勢屋の前にマルナカが入る。
店の包装紙には伊勢屋の前にマルナカが入る。

『伊勢屋』の創業は昭和30年。2020年に惜しまれつつも閉店した墨田区京島の餅菓子店「美松」から独立した職人さんたちが組合として立ち上げた、屋号「マルナカ(〇に中)」の「伊勢屋」の一店舗だそうだ。そのため、正確には店名の前に「中」を〇で囲ったマルナカがつく。

マルナカ伊勢屋組合には最盛期には約50軒加盟していたそうだが、その多くは後継者がなく閉店した。組合は解散したが、マルナカ伊勢屋の屋号の店は、こちらに加え、江戸川区の船堀、鹿骨、足立区の綾瀬などで個々に店を続けているそうだ。

左から店主の阿部敏昭さん、孫の祐成さん、妻の恵子さん、息子の雅志さん。
左から店主の阿部敏昭さん、孫の祐成さん、妻の恵子さん、息子の雅志さん。

新小岩の『伊勢屋』は現在、今回お話を伺った2代目の阿部敏昭さんと恵子さん夫妻が切り盛りしている。敏昭さんが父の後を継ぐため店で働き始めたのは1976年。ほどなくして結婚した恵子さんと店を営んできた。

新小岩に住んでいた頃、商店街の雑踏を抜けてたどり着く『伊勢屋』は心のオアシスだった。穏やかな口調で「ほとんど売れちゃったのよ、ごめんなさいね~」という恵子さんと少し雑談して、ショーケースに残っているものを買って家で食べる。癒やし効果抜群だった。

これが「塩梅のいい」餅菓子だ

2段目右手は季節の生菓子。春彼岸が過ぎると人気の柏餅が並ぶ。
2段目右手は季節の生菓子。春彼岸が過ぎると人気の柏餅が並ぶ。

店にはご飯ものと団子、餅菓子、季節の和菓子がバランスよく並ぶ。パートさんが手伝うおにぎりを除き、すべてを敏昭さんひとりで作っていると聞き驚いた。

上から時計回りにおいなり80円、みやこがねもちを使う赤飯いなり120円、わさび菜いなり120円。寿司米も皮も甘いのが特徴だ。
上から時計回りにおいなり80円、みやこがねもちを使う赤飯いなり120円、わさび菜いなり120円。寿司米も皮も甘いのが特徴だ。

ご飯ものの人気は赤飯に太巻、おいなり。甲乙つけがたいが、人気者を組み合わせた赤飯いなりはお得感がありおすすめだ。『伊勢屋』のおいなりの皮は甘めで、それがふっくらもっちりとした赤飯とよく合う。たっぷり赤飯が詰まった姿は迫力満点。一口食べると皮の煮汁がジュワッと染み出して赤飯に甘さと旨味を添える。これと一緒に手土産にすると喜ばれるのがわさび菜いなり。ピリッと辛いわさび菜と、甘い寿司米と皮との対比がいい。

手前からこだわりの有明海苔を巻いたいそべ団子、焼団子、よもぎが豊かに香るあん団子各120円。
手前からこだわりの有明海苔を巻いたいそべ団子、焼団子、よもぎが豊かに香るあん団子各120円。

水としょうゆと砂糖でつくるシンプルなみたらしダレを絡めた焼団子を筆頭に、飛ぶように売れていく3種類の団子。滑らかで米の風味が豊かなのは、一般的な乾燥させた新粉ではなく「生新粉」を使っているから。『伊勢屋』の団子は柔らかすぎず、適度な弾力がある。香ばしく焼いてもへたらず、とろりとした甘いしょうゆダレをしっかりと受け止めてくれる。

豆大福120円。ファンが多く、早い時間に売り切れる。
豆大福120円。ファンが多く、早い時間に売り切れる。

真打ちは豆大福だ。もち米の王様とも称される宮城県産みやこがねもちを毎朝蒸かして餅をつく。切り餅よりも水分を増やして長く搗くことで、コシはありつつも柔らかく滑らかに仕上がるそうだ。そこへ2日間じっくり浸水させてから蒸かしたえんどう豆を加えて餡を包む。きめの細かい餅、それと同じくらい滑らかな餡、塩味と香り、食感のアクセントになるえんどう豆が絶妙のバランスだ。

『伊勢屋』は団子も大福も柔らかすぎない、ほどよい歯ごたえが魅力だ。敏昭さんによると、「昔は翌朝でもなんとか食べられるくらいに、水分量を増やして柔らかく作っていた。でも今は、その日のうちに食べきってもらうことにして、いい塩梅の食感を残している」。45年作り続けて最近ようやく分かってきたという「いい塩梅のコシ」。この食感は出合えそうでなかなか出合えない。

本来大福は翌朝には固くなるものだ。何日も日持ちがするものは、餅に砂糖を加えるなどして日持ちをよくしているので、混ぜ物のない餅でつくる大福とは食感も味も異なる。

餅菓子に合う紅茶を教わる

ルミエール商店街中ほどにある創業1997年の紅茶店『Haenni's(ヘニイズ)』。日本紅茶協会『おいしい紅茶店』認定店。
ルミエール商店街中ほどにある創業1997年の紅茶店『Haenni's(ヘニイズ)』。日本紅茶協会『おいしい紅茶店』認定店。

餅菓子を家で楽しむのに飲み物が欲しい。いつも日本茶では代わり映えがしないので趣向を変えて、『伊勢屋』から駅へと向かう帰路、ルミエール商店街内にある紅茶店『Haenni’s(ヘニイズ)』に寄った。店には店主の青木由紀さんが、学生時代にホームステイ先のスイスで親しんだお茶をヒントにしたというハーブティーやフレーバーティー、ストレートの紅茶がずらり。店頭には常時30種類ほどの茶葉が並び、店内では48種類ものお茶が飲める。

青木さんも常連という『伊勢屋』の和菓子に合うお茶を、定番のダージリン以外からいくつか選んでもらった。どれも目からうろこだ。

上から時計回りに焦がしキャラメル、りんごカモミール、ピーチジャスミン(いずれもティーバッグ7個入税抜450円)。
上から時計回りに焦がしキャラメル、りんごカモミール、ピーチジャスミン(いずれもティーバッグ7個入税抜450円)。

あん団子や生菓子を、中国茶がベースのりんごカモミールや、ジャスミンベースのピーチジャスミンと合わせると、エキゾティックな印象になる。玄米入りの焦がしキャラメルは、玄米茶を思わせるからだろうか、どの餅菓子ともよく合う。

まろやかなミルクティーは和菓子と好相性。アッサムティー茶葉50g入600円+缶代250円(税抜)。
まろやかなミルクティーは和菓子と好相性。アッサムティー茶葉50g入600円+缶代250円(税抜)。

「和菓子全般に合わせやすい」と教わったのは、アッサムのミルクティー。豆大福と合わせてみると、ミルクのまろやかさが全体を優しく包み、紅茶の香りが餡に奥行きを持たせてくれる。『伊勢屋』の店主の敏昭さんは、豆大福とコーヒーを合わせることが多いと言っていた。合わせる飲み物で餅菓子の印象もだいぶ変わるのが楽しい。

●『Haenni’s(ヘニイズ)』11:00~18:00、火休。東京都葛飾区新小岩1-51-5、JR総武線新小岩駅南口から徒歩3分、ルミエール商店街内。☎03-3651-3072。

元気をもらい、帰路につく

『伊勢屋』の恵子さんによると、店を支えてきた40年超の間にこの辺りの多くの店が入れ替わり、同時期から続く店は、『伊勢屋』から徒歩数分、同じ松島通り沿いにある生花店『ハナキュウ』などわずか数軒なのだとか。

知る人ぞ知る老舗花店『ハナキュウ』。オーナーの舩岡剛人さんの技術とセンスに定評あり。
知る人ぞ知る老舗花店『ハナキュウ』。オーナーの舩岡剛人さんの技術とセンスに定評あり。

恵子さんは「うちも子供たちに継いでもらうつもりはないから私たちの代まで」という。2代目ご夫婦はまだまだ現役なので、だいぶ先の話とはいえ今から惜しい。

「お客様の『美味しかった!』『ありがとう』の言葉に元気をいただいている。明日も頑張ろう!と思える」という恵子さん。ひっきりなしに訪れるお客さんの笑顔を見ていると、お客さんも『伊勢屋』の皆さんと餅菓子から元気をもらっているのだろうと思う。

●『ハナキュウ』10:00~19:00、日休。江戸川区松島4-45-10、JR総武線新小岩駅南口から徒歩7分。☎03-3652-1019。

『伊勢屋』店舗詳細

住所:東京都江戸川区松島4-46-11/営業時間:9:30~17:00(売り切れ次第閉店)/定休日:水・第2第4火/アクセス:JR総武線新小岩駅南口から徒歩5分

取材・文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)

卵を使う甘いお菓子には人を元気づける力があるようだ。風邪をひいたときにカステラやプリンに癒やされ、元気を取り戻したことがあるのは私だけではないだろう。形も愛らしい東京名物、人形焼も卵をたっぷり使うお菓子の1つだ。今回訪ねた人形焼店は、人形焼が名物の浅草でもなく人形町でもなく、錦糸町にある。鶏卵問屋からスタートした人形焼店、『山田家』。上質な卵をふんだんに使う風味豊かな人形焼を、“本所七不思議”のスパイス付きで味わおう。