『蒲元』は小松菜を混ぜ込んだ「小松菜コロッケ」など魅力的なお惣菜が揃っているが、昭和50年(1975)創業のれっきとしたおでん種専門店だ。じっくり煮込まれたおでんはうまみをたっぷり吸い込んで、最高の味わいとなっている。

昭和の雰囲気を残す江戸川共栄商店街

都営新宿線の瑞江駅から南東に歩いて10分ほどの場所に江戸川共栄商店街がある。「エトワールモール」という愛称で親しまれ、人形が飾られた可愛らしいアーチが立っている。

かつては100軒以上の商店が立ち並び、買い物客で賑わっていたそうだ。往年の賑わいには及ばないが、現在も地元系のスーパーを中心に生花店や菓子店、酒店などが元気に営業している。

56年ほど営業していた「山本豆腐店」は令和2年(2020)に廃業したが、同じ場所に『魚勝』という鮮魚店が開業した。昭和の懐かしい雰囲気が残る味わい深い商店街なので、これからもお店が増え続けたら嬉しく思う。

20種以上の種が揃う、『蒲元』のできたておでん

今回紹介する『蒲元』は江戸川共栄商店街で50年近く営業するおでん種専門店だ。店主は足立区東和にあったお店で修業をしたのち、昭和50年(1975)に開業した。

商店街と同じく昭和の雰囲気をそのまま残す昔懐かしい店構えで、外から店主やおかみさんが調理している様子を眺めることができる。自宅調理用のおでん種や店頭で調理したできたてのおでん、揚げ物などのお惣菜を取り扱っている。

まずは今回の目的である店頭で調理されたおでんから見ていこう。仕切りのない大きな鍋におでん種が詰め込まれており、どれもしっかりと味が染みている。玉子は褐色に染まり、大根はたっぷりの汁に浸かっており、眺めているだけで美味しさが伝わってくる。秋から6月末までの販売となるので、夏季に訪れる際は注意しよう。

人気の種がひととおり揃うが、とりわけ揚げ蒲鉾の種類が豊富だ。出汁は昆布のみで鰹節は使っていないそうだが、たくさんのおでん種から出るうまみで深みのある味わいとなっている。

鍋の横に掲げられたメニューを数えると22種類あった。鍋の中にある魚のすじや餅巾着は掲載されていないようなので、実際にはメニュー以上の種類が存在するのだろう。鍋を見ながら指をさして質問しながら選ぶといい。どれもお求めやすい価格だが、これでも2019年頃に比べて10〜20円ほど値上げしている。

人気のカレーボールと手づくりのおでん種たち

お店の中央では自宅調理用のおでん種を販売している。揚げ蒲鉾はさつま揚やゴボー巻などの定番ものを中心に10種類ほどが揃う。

イワシのつみれなどもあり、これらは店主が手づくりしている。魚のすじは千葉県銚子の『糸川商店』、はんぺんは『嘉平屋』、焼ちくわは青森の『丸石沼田商店』のものだった。

自宅調理用のおでん種の詳細は「蒲元のおでん種」の記事をご覧いただきたい。

『蒲元』は揚げ物を中心としたお惣菜が人気だが、おでん種も根強いファンがいるという。店主が高齢になったことにより現在は冷凍すり身を使用しているが、しっかりとした弾力があって魚のうまみも強く感じられる。

人気の商品をうかがうと「カレーボール」と教えてくれた。カレーボールは東京のおでん種専門店ではよく見かけるが、馴染みのない人も多い。江戸川区が行っている「小松菜グルメスタンプラリー」で訪れるお客さんが興味を持ち、一緒に購入していくという。

おかみさんのご厚意で完成直後のカレーボールを味見させていただいた。揚げたてなので香ばしく、すり身も非常にジューシーだった。実は以前に訪れたときもごちそうになったのだが、彼女の心遣いはいつもあたたかい気持ちにさせてくれる。

小松菜コロッケだけじゃない、豊富な『蒲元』のお惣菜

揚げ物のお惣菜はフライと天ぷらを数多く揃えている。お昼どきには地元客が頻繁に訪れ、若者からお年寄りまで世代を超えて支持されていることがわかる。

フライは小松菜コロッケ、メンチカツが人気で、トンカツや肉巻、カラ揚(鶏の唐揚)なども揃う。

詳しくは「蒲元のお惣菜」の記事で紹介しているのでそちらもご覧いただきたい。

小松菜コロッケは小松菜グルメスタンプラリーの対象になっており、蒲元を代表する商品だ。小松菜の彩りが美しく、ジャガイモのごろっとした食感が素晴らしい。

店主にお話をうかがっていると、令和4年(2022)に行われた「第3回小松菜グルメコンテスト」の表彰状を見せてくれた。小松菜コロッケは商品の部で3位を獲得したが、選考はスタンプラリー参加者の投票だという。店主は「実際に食べてくれた人からの評価がいちばん嬉しい」と顔をほころばせていた。

天ぷらはエビやかき揚げ、目鯒(めごち)のほかに、野菜の種類も豊富に取り揃えている。さらに午後からは肉じゃがや里芋煮、ほうれん草のおひたし、焼き魚など12、3種類が加わり、日によってマグロの柵が並ぶこともある。

店主とおかみさんだけでこれだけの商品を手づくりするのだから、その労力は計り知れない。しかし、おふたりは人懐っこい笑顔でお客さんに接しており、苦労は微塵も感じさせない。味はもとより、店主やおかみさんの人柄に惹かれて訪れる常連客も多いのではなかろうか。

じっくり味が染み込んだ、『蒲元』のできたておでん

魅力的なおでん種やお惣菜に後ろ髪を引かれつつ、できたておでんのなかから8種類に絞って購入した。

時計回りに12時から、ギョウザ、魚のすじ、つみれ、カレーボール、ちくわぶ、タマゴ、ダイコン(中央上)、生揚(中央下)。

購入したおでんはポリ袋に入れてくれ、しっかりと口を結んでくれるため汁が漏れる心配は少ない。さらに手提げ用のポリ袋に入れてくれる。

購入時にはからしか味噌だれを付けてくれる。味噌だれはまろやかな甘味が広がるもので、手軽に味噌おでんを楽しむことができる。とりわけ大根との相性は抜群だ。

おでんを鍋に移して弱火でおでん種の芯まで温めれば完成だ。カレーボールは風味が汁に移るが、それほど気にはならない。温かいうちに美味しくいただこう。

ダイコン(大根)はほかのお店に比べて2倍ほどの厚みがあり、たっぷり汁を吸い込んでいる。断面は外側と見分けがつかないほど美しく染まっている。写真をご覧いただければ、その美味しさについて説明する必要はないだろう。

タマゴ(玉子)も白身の中まで褐色に染まっているが、パサつきもなくしっとりとした食感となっている。やさしい出汁の味わいが心地よい。

カレーボールはカレー粉の風味が食欲をかき立てる。弾力(蒲鉾業界では足という)のあるすり身の食感が心地よく、噛むごとに魚のうまみとカレーの香りが混ざり合う。

ギョウザは餃子をすり身で包んだ餃子巻だ。肉厚で弾力のあるすり身と柔らかくジューシーな餃子の相性は抜群だ。餃子の皮のとろりとした食感も素晴らしい。

つみれはイワシの風味がしっかりしており、しっとりとした上品な舌触りも魅力的だ。人参やネギが混ぜ込んであり、臭みもなく食べやすい。

魚のすじは千葉県銚子の『糸川商店』から仕入れている。じっくり煮込まれていながらも魚のうまみは残っており、ほろほろとした口溶けと共にその味わいを堪能することができる。

ちくわぶはとろりとしながらも小麦のフレッシュな味わいを残した絶妙な煮加減となっている。おでん汁と一緒にじっくり楽しむといいだろう。

生揚は半分に切ってあり、断面にたっぷりおでんの汁が染み込んでいる。ひとくちごとに汁がじゅわっとあふれ、豆腐のやさしい甘みが広がる。

『蒲元』のある江戸川共栄商店街は30年ほど前から店舗が減り続けており、『蒲元』も後継者がいないためいつかはお店を閉めることになるだろう。駅からすこし距離があるためアクセスしづらいが、小松菜グルメスタンプラリーなどを利用して散歩がてら立ち寄ると面白いと思う。古き良き時代の風情と人情にあふれ、さまざまな味が楽しめる『蒲元』にぜひ訪れていただきたい。

『蒲元』の基本情報

〒132-0013 東京都江戸川区江戸川1-47-5
03-3679-2635
定休日:日曜
営業時間:8:00〜19:00, 11:00~19:30
蒲元のウェブサイト(江戸川区ウェブサイト)

取材・文・撮影=東京おでんだね