店長はアイルランド好きの日本画家

食べ歩き客でにぎわう戸越銀座商店街をずんずん歩く。戸越銀座で歩くことだけに集中するのは難しいのだが、脇目も振らず歩けば、駅からだいたい13分ほどで『巨人のシチューハウス』の看板が見えてくる。

角に戸越銀座商店街のマスコットキャラクター戸越銀次郎が立っているのは、ここが商店街の最東端であることの目印。
角に戸越銀座商店街のマスコットキャラクター戸越銀次郎が立っているのは、ここが商店街の最東端であることの目印。

お店のオープンは2015年。日本のIT企業で働いていたアイルランド人のアラン・フィッシャーさんが、アイルランドの家庭料理を日本に広めたいと脱サラして戸越銀座でお店を始めると、すぐに人気店に。2021年3月には松江店もオープンした。

オーナーのアランさんはなんと身長2m! 店名の由来はアランさんのその見た目もあるが、もともとアイルランドには巨人が出てくる絵本や昔話が多いこともあって、『巨人のシチューハウス』と命名された。それにしてもアランさんがこの商店街を歩いてたら、そりゃあ目立つんだろうなぁ。

アランさんは現在、松江に住み、松江店を切り盛りしている。

戸越銀座店で出迎えてくれたのは、店長の阿部えりかさん。もともとは学生のアルバイトだったが、阿部さんの大学卒業と同タイミングで松江店がオープン。アランさんが松江に移住するにあたり、社員となった阿部さんが戸越銀座のお店を任されることになったそう。

「戸越銀座はみんな知り合いみたいな感じであったかい」と話す店長の阿部えりかさん。
「戸越銀座はみんな知り合いみたいな感じであったかい」と話す店長の阿部えりかさん。

実は阿部さん、日本画のアーティストでもある。接客だけでなく、お店のデザイン全般と、オンラインストアのコンテンツも担当している。店内の壁やメニューのイラストなども、すべて阿部さんが描いたものだ。

「大学に入って絵を描き始めて、取材旅行でアイルランドに行ったんですが、その帰りにお客さんとしてこのお店に寄ってアランに出会ったんです。それ以来ここで働いている(笑)」と阿部さん。

アイルランドで8~9世紀に書かれた“世界で最も美しい本”とされる聖書『ケルズの書』の挿絵は日本画と同じ技法で描かれており、アートの世界でもアイルランドと日本はつながりが深いという。店では阿部さんが講師となり、アイルランドのモチーフを日本画で描くワークショップを開催したこともあるそう。

お店の入り口の立て看板の絵も阿部さんの作品。
お店の入り口の立て看板の絵も阿部さんの作品。

アイルランドのシチューは日本でいう肉じゃが

日本各地にアイルランドのビールやウイスキーが飲めるアイリッシュパブは数多くあるが、アイルランドの家庭料理が食べられるお店は珍しい。「日本にはアイリッシュパブで出される料理をアイルランド料理だと勘違いしている人がいっぱいいる。『これはマズい』と思ったのがアランが店を出すきっかけ」と阿部さん。

ちなみにアイリッシュパブの定番メニューであるフィッシュアンドチップスはイングランドが発祥で、アイルランドの料理ではない。アイルランドは寒い国なので、煮込み料理が中心なんだそう。

店名にもあるとおり、店のメインはアイリッシュシチュー。シチューはアイルランドの家庭料理の定番で、阿部さんいわく「日本でいう肉じゃがみたいなもの」。店のオープン前にアランさんのお母さまがフィッシャー家のレシピを教えにわざわざ日本に来てくれたのだ。

シチュー・サイドディッシュ・ソフトドリンクのセット1600円。セットのソフトドリンクはアイリッシュコーヒーでもOK。
シチュー・サイドディッシュ・ソフトドリンクのセット1600円。セットのソフトドリンクはアイリッシュコーヒーでもOK。

シチューは、ビーフ&ギネスシチュー、アイリッシュラムシチュー、ダブリンコーデルシチュー、シーフードチャウダーの4種類と季節のシチュー。阿部さんイチ押しのアイリッシュラムシチューをいただきます。

ラム肉とニンジン、タマネギ、ジャガイモなどの野菜がごろっと入り、食べごたえ十分。ラム肉はホロホロ、野菜はホクホクでたまらないおいしさ! ラムと野菜が溶け込んだ独特の深い旨味が体にしみ込む感じ。体の中からぽかぽか温まる。

アイリッシュラムシチューはアイルランドの伝統的なシチュー。お肉と野菜とハーブというシンプルな構成。
アイリッシュラムシチューはアイルランドの伝統的なシチュー。お肉と野菜とハーブというシンプルな構成。

サイドは、ソーダパン、ロールパン、マッシュポテト、アイリッシュポテトブレッド、押し麦ごはんから選べる。ここはアイルランドの家庭で一般的に主食として食べられているというソーダパンをチョイス。

ソーダパンはオーツ麦と小麦粉で作ったシンプルなプレーンと、いろんな小麦粉をブレンドしたマルチグレインの2種類が皿に盛られる。スコーンのような食感で、バターをつけると抜群においしい! シチューにつけて食べるのもいい。特にマルチグレインの味わい深さにすっかりハマってしまった。

アランさん手作りのソーダパン。イーストのかわりにベーキングソーダでふくらませるので短時間でできる。
アランさん手作りのソーダパン。イーストのかわりにベーキングソーダでふくらませるので短時間でできる。

セットのドリンクは各種ソフトドリンクから選べるのだが、特別枠としてアイリッシュコーヒーもOKとは粋な計らい。これはアイリッシュコーヒーを選ぶ以外にないでしょう。

アイリッシュコーヒーは、温かいコーヒーにアイリッシュウイスキーを加え、ホイップした生クリームをのせたホットカクテルドリンク。アルコールが苦手、またはランチタイムにアルコールは控えたいという場合は「ウイスキー抜き」「ウイスキーちょっとだけ」もできる。

シナモンのほか数種類のスパイスを効かせたオリジナルフレーバーのアイリッシュコーヒー。
シナモンのほか数種類のスパイスを効かせたオリジナルフレーバーのアイリッシュコーヒー。

どれも体の内側からしみわたる。おいしい料理に心はほっこり、体はぽかぽかだ。

日本とアイルランドの文化交流の拠点に

「食事を通してアイルランド文化をもっと知っていただきたい」と話す阿部さん。ごはんだけでなく、本を見てもらったり、音楽を聴いてもらったり。「ちょっとした文化交流センターにしたい」という。

メニューと一緒に置かれているのは、お店で作ったアイルランドを紹介するガイドブック。お料理を待つ間にこれを読んでアイルランドのことを知ろう。
メニューと一緒に置かれているのは、お店で作ったアイルランドを紹介するガイドブック。お料理を待つ間にこれを読んでアイルランドのことを知ろう。
オーナーのアランさんが書いたファンタジー小説『巨人の夢』やアイルランド関連の書籍も紹介している。壁の絵は阿部さんの作品。
オーナーのアランさんが書いたファンタジー小説『巨人の夢』やアイルランド関連の書籍も紹介している。壁の絵は阿部さんの作品。

「お店に来てくださる方はアイルランドに行ったことがある方とか、アイルランドに興味を持たれている方がすごく多いので、私もアイルランドのことをたくさん話すようにして、お客さんとのコミュニケーションを大事にしてます」。

たしかに、知らない国に行くときって、行く前に予習ができると心強い。「そういう方もたくさんいらっしゃいます。来月から旅行に行くんだけど知ってる場所ない? みたいな。そういう目的で来たお客さんをがっかりさせないように、と思ってます。余計に楽しみになるようにしないと」。

アイルランドのクラフトビールやお菓子なども販売している。
アイルランドのクラフトビールやお菓子なども販売している。

実際に、お店はアイルランドの“物産館”のような形に進化する方向で動き始めているという。「食事だけでなく、もっと気軽に立ち寄ってもらって、いろんな資料を手に取ってもらえたり、アイルランド製品を販売したり。もっといろんなことができる場所を目指します」と阿部さん。今後の展開が楽しみだ。

落ち着いた緑色の壁が印象的な店内。緑はアイルランドのシンボルカラーだ。
落ち着いた緑色の壁が印象的な店内。緑はアイルランドのシンボルカラーだ。

阿部さんのお話を聞いているうちに、私もアイルランドに行きたくなってしまった。行くことになったらその前に絶対に来よう。きっとアイルランド旅行が何十倍も楽しくなるに違いない。

住所:東京都品川区豊町1-3-11 /営業時間:11:30~20:00LO/定休日:月~金(祝の場合は営業)/アクセス:東急電鉄池上線戸越銀座駅から徒歩13分、地下鉄浅草線戸越駅から徒歩11分

取材・文・撮影=丸山美紀(アート・サプライ)